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四 章 Illustration どこここ 目の前に白い球体が現れた。光が消えて人の影らしきものが残った。その影を見て、俺はおぞましい記憶が蘇った。長い髪、まっすぐに見通す瞳、機敏な身のこなし、鋭利なナイフ。 「朝倉か!」 忘れもしない、二度も殺されかけたあいつだ。俺はとっさに身構え、手近にあった竹ぼうきを持ち上げてそいつに振りかぶった。 「待って」長門が俺を制した。「……これは、朝倉涼子ではない」 「えっ」 俺は振り下ろしかけたほうきを頭の上で止めた。見下ろすと、そいつは自分の頭を守って縮こまって怯えていた。こいつは、朝倉じゃない。なおも警戒する俺に向かって、そいつはゆっくりと顔を上げた。 「や、やめて……。それを降ろして」 「お前は誰だ」 俺はほうきを地面に降ろした。そいつは俺をじっと見つめ、危険がないことを知ってやっと立ち上がった。 「わたしは情報生命体β-022」 「朝倉とは別人か。どう見ても朝倉と同じ姿なんだが」 「そっちのわたしは朝倉っていう名前なの?じゃあ、そう呼んでいいわ」 「β-022ってことは、お前は複数いるのか」 「わたしの世界では情報統合思念体はある個人から別の個人が派生するのよ。だからこういう名前なの」 つまり、コピーか。 「失敬ね。あなただってコピーでしょうに」 朝倉はムッとしたように言った。まあ、言われてみればそうだ。 「……あなたの目的はなに」 「αがこっちに来たでしょう?」 「……襲撃を受けた」 「ごめんね。彼女、焦ってるの」 「……なにがあった」 見る限り、この朝倉に敵意はなさそうだ。こっちにはヒューマノイドインターフェイスの二人と、それにハルヒもいるんで手は出さないだろう。 「立ち話もなんだ、とにかく中に入れ」 俺は朝倉を屋敷の中に招いた。なにかあった場合、長門と喜緑さんが作った結界の中のほうが有利だ。 自分ちでもないのに勝手に客を呼び込んだりして、俺はまたおばあちゃんに謝らなくてはならない。 「おばあちゃん、たびたび申し訳ないんですが、また友達が増えてしまいました」 「あれあれ、ベータちゃんかい。よく来たね」 「え、おばあちゃん知り合いなんですか」 ヒューマノイドに知り合いがいるなんて、どういう知己なんですか。 「前にね、あなたたちを探して訪ねてきたの」 「まあおあがりよっ。最近はいろんなお客様が見えて、あたしゃ嬉しいさ」 お茶を出してくれるというので、座敷に案内しようとしたところにハルヒと出くわした。ハルヒはそこにいるはずのないやつの姿を見てギョッとしたようだった。 「ええと、ハルヒ、紹介する。朝倉だ」 朝倉はなにか懐かしむようにハルヒを見た。 「あれ、朝倉?あんた、こっちの世界に来てたの?カナダに行ったとばかり思ってたわ」 「あの……わたしはあなたの知ってる朝倉さんとは違うの」 「ハルヒ、こいつは見た目は朝倉だけど、別の朝倉なんだ」 「ふーん。なんだか分からないけど。他人の空似にしては似すぎね」 「双子のようなものだと思ってくれたらいいわ」 朝倉は苦笑した。 谷川氏は新たに増えた朝倉を見て笑った。 「あれれ、朝倉さんじゃないか。まるでオールスターだね。あといないのは誰?」 ええっと、俺の妹と谷口と国木田くらいですかね。あいつらはどうでもいいですが。 「この朝倉、俺たちの朝倉ではなくて別世界から来てるらしいんです」 「なんてことだ。もうひとりの有希ちゃんと同じ異世界かい」 「詳しくはこれから朝倉に尋ねるところなんですが、ハルヒには聞かせないほうがいいかと」 文庫のことも、情報生命体αに襲われたこともハルヒには話していない。どう説明すればいいのか、そもそも説明するべきかも分からない。俺たちがまだ正確なところを把握していないというのもある。なのでハルヒには、この朝倉の話は聞かせるべきじゃないと判断した。 「分かった。なんとかするよ」 すべてを説明しなくても事情を理解してくれるところは頼もしい。谷川氏はおばあちゃんになにごとか耳打ちしていた。おばあちゃんは割烹着を脱ぎながら言った。 「ハルヒちゃん、これからケーキを受け取りに行くんだけど、ついてくるかい?」 「もっちろん行くわ」 ハルヒが口を半月のように開いて言った。ケーキで釣れるなんて安いもんだな。 「ナガル、車を貸しておくれ」 おばあちゃんは谷川氏からキーを受け取った。それを聞いて、運転なんかして大丈夫ですか、とでもいうように全員がおばあちゃんを見た。おばあちゃんは腕まくりして親指を立てた。 「あたしゃこれでも国際A級持ちさっ。近頃じゃクラッチのない、へなちょこ車ばっかりだけどね」 知らなかった。もしかして合気道なんかもやってませんか。 ハルヒ以外の全員が揃ったところで、朝倉に尋ねた。 「αってのは何者なんだ」 「わたしたちの世界の創始者、と言うべきかしら」 数億年前、αは次元断層を越えて別の次元に出た。いや、流れ着いたというべきだろうか。まだ若い銀河で、そこには情報統合思念体も人類も、およそ知的生命体と呼べるものは存在しなかった。αは自分の情報をコピーし、自らを頂点とする情報統合思念体の組織を作った。 「でもわたしたちには致命的な欠陥があったの」 「欠陥?」 「非ヘテロ的発生は多様性がないのね。ひとつの要因ですべてが崩壊しかねないわけ」 つまり、分かりやすく教えてくれ。 「同じコピーを繰り返しているだけでは、同じ病気にかかって全滅しかねないということですね」 古泉が解説した。 「そう。それで、αは経験値から構成情報を書き換える仕組みを作った」 「……それは、自律再構成のこと」 「そうよ。でも、統計的に一定範囲のものしか生まれないという欠陥は回避できなかったのね」 島国で育った民族の血が濃くなるってやつと同じだな。 「まさかそれだけの理由で俺たちを侵略しようとしてるわけじゃあるまい」 「まだ先があるのよ」 あるとき銀河の片隅で、地球型惑星に知的生命体の因子が芽生えた。二足歩行し道具を使うようになった人間である。αたちはその星を観察し、文明が発生するきっかけを作った。約十万年で現在の水準に達した。 「わたしたちの地球環境のことね。わたしたちは知的生命体そのものを作ることはできない。でも発生の確率を計算することはできるわ」 「僕たちの世界では百十万年もかけたのに、十万年で作ったとおっしゃるんですか」 それが短いのか長いのかは俺には分からんが。 「αはいつだってせっかちなのよ。十分に成熟する時間を待てないのね」 人類の文化や技術は、思念体の意図もあって急速に成長を遂げた。そして誰も予想していない事態が起こった。突然変移のごとく妙な力を持った子供が生まれた。涼宮ハルヒである。 「最初は危険因子と見なされたわ。手に負えなくなる前に処分してしまおうという意見もあったんだけど、思念体の一部が止めたの。もしかしたら、わたしたちの進化を次の段階に進めるヒントがあるんじゃないかって」 そのへんはうちらと同じよね、という感じで長門と喜緑さんは顔を見合わせた。 「わたしたちは涼宮さんの能力を伸ばす方向で介入したの」 涼宮ハルヒが十三歳になったとき、自分を取り巻く事実に気がついた。自分は誰かに観察されている、人生をコントロールされている、ということを自覚したのだ。なぜそれがバレたのかは分からない。そして宇宙に向かってメッセージを発信した。東中グラウンドに描いた、あの絵文字である。ただし“わたしは、ここにいる”ではなく“ここにいるから来い”だったらしいが。 「わたしが地球上で涼宮さんの保全を任されていたんだけど。それからというものはもう、なだめたりすかしたりの連続だったわ」 その苦労は分かる。俺と長門、古泉と朝比奈さんの四人はウンウンとうなずいた。どこの世界にいってもハルヒは世話を焼かせるんだ。 「そっちの世界でも苦労したんだな」 「わたしたちは涼宮さんに手取り足取り世話を焼きすぎたのね。今考えれば、自然発生した彼女の能力なんだから、自然の淘汰に任せればよかったのよ」 次の朝倉の言葉は、意外なひと言だった。 「涼宮さんには願望を実現する能力がある。でも、同時にバランスを取る能力も備わっている」 古泉がほぅと感嘆の声を上げた。 「僕たちにはその考え方はありませんでした。貴重なご意見です」 「結果論だけどね」 「そっちのハルヒはどうしているんだ。元気なのか」 「今は存在しないわ……」 全員が驚いて朝倉を見た。朝倉はうつむいた。 「あれは連鎖だったの。キョン君が消えて、涼宮さんが暴走した」 「暴走って、なにがあったんだ」 朝倉は少し黙り、ひと呼吸置いて口を開いた。 「涼宮さんが自分の記憶からジョンスミスの名前を消したの。最初から存在しなかった、と」 「それだけでか」 「そこから連鎖がはじまったの」 歴史に矛盾が生じ、致命的な次元断層が起こった。その結果、俺が消えてしまうことに。断層のため、過去に戻ってフォローすることもできなかった。俺が消失したことでハルヒは自分の能力に気がついた。暴走したハルヒは自らの存在を消した。 「なにが間違っていたのか分からない。わたしたちは介入すべきではなかったのかもしれない。今となってはどうにもならないわ」 「あの、ジョンスミスって誰なんですか」 古泉が口を挟んだ。こいつは知らされていないんだった。朝比奈さんの頭のまわりにも疑問符が回っているようだ。あのとき気絶していた朝比奈さん(小)はたぶんまだ知らない。おそらく長門は知っているだろう。どう言ったものか俺が答えあぐねていると、谷川氏が口を開いた。 「ジョンスミスってのは、まあ、言ってみればハルにゃんの白馬の王子様だね」 「ロマンチックですね」 そうだったんですか。ってどうでもいいだろそんなこと。 超能力者の能力も消えてしまったために神人のエネルギーが臨界点に達し、閉鎖空間が現実世界を覆い尽くしてしまった。そして現在、αの力だけで銀河の消滅を食い止めている。 「その力がなかったら、数分で銀河は消滅するわ」 全員が押し黙った。向こうの世界ではハルヒどころか人類すら存在しない。消えちまったんだ。ハルヒが自分のいない世界を作っちまった。それを維持するやつを残さなかったために世界そのものが存続できないという矛盾をも生み出したのだ。そして今や銀河そのものが消えようとしている。 「……それが、わたしたちを侵略しようとする理由か」 長門が話を元に戻した。重要なテーマはむしろそっちだった。 「そうなの。直接あなたたちの世界に接触しようと試みたんだけど、やたらガードが固くってね」 文庫本も時空震もこいつらの仕業だったんだな。 「でもわたしは、無意味な戦いは避けるべきだと思うのね」 「……」 「穏便に交渉する余地はあると思うの。結果的に上書き支配するとしてもね」 この朝倉が恐ろしいことを平気で口にする様子を見ていると、案外俺たちの知る朝倉と変わらないのかもしれない。 「そろそろ帰らなきゃいけないわ」 言うだけ言うと、朝倉は腰を上げた。てっきりここに泊まると思っていたのだが、こいつには自分の居場所があるようだ。 「それから、ここに来たのはわたしの独断専行だから。もし彼女の逆鱗に触れたら消されちゃうかもね。そのときはごめんね」 名前にある022という数字の意味は、そこにあるのかもしれない。長門はなにを思ったのか朝倉に近寄り、右手を差し出した。 「……手を、出して」 「わたしのバックアップを取るつもり?そんなことをして何になるというの?」 「……分からない。でも、ほかに方法を思いつかない」 「いいわ」 朝倉は承知して左手を出した。二人の手はほんの一瞬触れただけだった。 「……無事を祈る」 「ありがとう」 こいつは、俺たちの朝倉が長門に消されたという過去を知っているのだろうか。あるいは長門のその記憶が、朝倉の保存を促したのだろうか。 朝倉は庭に下りてこっちを見た。かるく手を振って「じゃあね」とだけ言った。朝倉の体を包むように白い球体が生まれ、やがて消えた。詠唱はなかった。 明かされた事実に誰も口を開かない。どうコメントしていいのかすら分からない。古泉が沈黙を破った。 「……これは恐るべき事態ですね。僕たちの世界でも十分起こりえることです」 「けど、俺たちのハルヒは自分の能力を知っても暴走していないぜ」 サンタを呼び寄せたのが暴走っていうんなら、今までのハルヒは台風とハリケーンとサイクロンを合体させたくらいの嵐だ。 「重要なのはあなたの立場です。あなたがいなくなってしまったら誰も涼宮さんを止めることはできないでしょう」 「俺はハルヒのストッパーなのかよ」 「そうです」 あっさりと返ってきた答えに俺は頭を抱えた。やっと分かった、前から謎だった俺の存在意義はそれだったのか。 「落ち着いてくださいキョン君。わたしたちの世界は谷川さんが作っているわけですから、彼次第ということになりますわ」 喜緑さんがニコニコして谷川氏を見た。彼女の目は、面白半分に変なこと書いたらタダじゃおきませんからね、と言っているようだった。谷川氏は疲れたように肩を落とし、ひとことだけ呟いた。 「モノを書くってのは、因果な商売だね……」 朝倉は現状を伝えただけで、なんの解決の糸口も残さなかった。正直なところ、だからどうしろっての、というのが俺たちの気持ちだった。 朝比奈さんがお茶のおかわり注いでくれた。しばらく黙ってお茶をすすった。 「……彼女と話してくる」 ずっと考え込んでいた長門がぼそりと言った。 「向こうの世界に行くのか」 「……朝倉涼子から位相情報を読んだ」 さっきバックアップを取るとか言ってたのは、本当はそれが目的だったのか。それも戦略か。 「行ってなにをするんだ」 「……元々αはわたしたちの世界にいた。戻るよう話してみる」 「そう簡単にいくだろうか」 「その気があったなら、向こうから話を持ちかけてくるでしょう」喜緑さんが言った。 確かに、いきなり襲ってくるあたりは、もう最初から話し合う余地などないことを見せているようなもんだ。 「……わたしには、彼女の考え方が分かる」 「あいつはお前の姉だったな」 「……そう。論理構造は似ている」 もし話し合いで解決できるならそれに越したことはないが。古泉が不安な表情をした。 「長門さんとはだいぶ考え方が異なるように見受けられますが」 「……それは、性格の違い。わたしの頼みなら、聞くかもしれない」 結局俺たちがあれこれ考えるより、長門と喜緑さんで最善の方法を取ってもらうのがいいというのが、人間どもの一致した意見だった。だが長門はけして事態を楽観視しているわけではなかった。 「……もしものときは全員、元の世界に戻って。情報統合思念体は防衛体制を整える必要がある」 「分かりましたわ」 長門はポケットからジャラジャラとビー玉を取り出した。ビー玉ではなくて素粒子球だっけ。 「……三人にひとつずつ渡す。緊急時にはこれを潰して向こうに戻って」 長門は俺と古泉、朝比奈さんに渡した。 「長門、無理すんなよ。こじれそうになったら深追いしないで帰って来い」 「……分かった」 外はそろそろ陽が傾いてきていた。長門は靴を履いて庭に下り、喜緑さんに向かって言った。 「……三分以内に戻ってこなければ、わたしたちの世界へ退避。彼らの脅威を情報統合思念体に警告して」 「分かりましたわ」 「……あとを、頼む」 喜緑さんはうなずいた。長門が右手を上げて詠唱し、白い球体に包まれ、そのまま上空へ浮かんだ。光が八方に散ったかと思うと、そこには影も形も残っていなかった。 俺は庭のベンチに腰掛け、じっと時計を見た。全員が庭の、長門が消えたあたりを見つめていた。この三分間は俺の人生で最も長い時間な気がする。仮に三分が過ぎても、もう五分だけ待ってくれと俺はごねるだろう。その五分に何の意味もないことは分かっているのだが。 二分が経過した。何も起きない。三分まで残り十五秒のところで喜緑さんが言った。 「来ましたわ。キョン君、下がって」 俺が立ち上がって三歩下がると、庭の上空に二度稲妻が走った。ちょうど池の真上だ。一瞬だけ白い球体が現れ、人の影が見えた。そこにいるのは一人ではないようだ。球体が消えるとそのまま池に落ち、水の中に足を突っ込んだ。一人が立ち、もうひとりを両手で抱えている。立っているのは朝倉と、抱えられているのは長門だった。長門は血にまみれ、片目をハンカチでおさえていた。 「朝倉、長門になにをした、なにがあったんだ」俺は思わず叫んだ。 「キョン君、落ち着いて。とにかく手当てを」 喜緑さんが俺を抑えた。朝倉は長門を抱えたまま、ジャブジャブと水の中を歩いて池の縁へ上がった。足元を、透明な雫と赤い雫が混じりあって流れた。 「布団の用意を」 朝倉は言った。俺は座敷の押入れから布団を引っ張り出した。血がついてしまうがかまうものか。俺は朝倉の腕から長門を引き取り、布団に横たえた。俺の両腕にべっとりと着いた血を見て、救急車を呼ぶべきかと考えた。だが宇宙人製アンドロイドは医者の手には負えないだろう。それに喜緑さんと朝倉がいる。この二人がなんとかしてくれるはずだ。 「長門、絶対死ぬなよ」 「右目が失明していますわ」 喜緑さんがハンカチを取ろうとすると、長門の体がビクンと動いた。 「キョン君、見ないほうがいいわ」 そのほうがよさそうだ。「すいません、俺、血を見るのがダメなんです」 前にも似たようなシーンに出くわしたが、あのときはそれどころじゃなかった。それにあのときの長門の意識はしっかりしていて、体に穴が開いてもちゃんと会話していた。あのときの俺は、長門にどこかしら超人的な強さを感じていて、必要以上にオロオロすることもなかった。だがこの長門はぐったりと力なく横たわり、意識があるのかないのか、呼びかけてもなにも応えない。今回はいろいろと事情が違っていて、長門にとっても厄介な状況なのだと俺は分かった。あのときは襲われた朝倉に、今回は助けられるということも含めて。 誰の出入りもないように、俺は門番のように襖の前に立っていた。谷川氏と古泉、それから朝比奈さんには長門の具合が悪いとだけ話しておいたが、朝比奈さんにあの状態の長門を見せたら真っ青になって卒倒するだろう。とりあえず意識が戻るまでは面会謝絶とした。 「キョン君」 襖が少しだけ開いて、喜緑さんが顔を出した。手で招いている。 「インターフェイスの状態はだいぶ回復したのですけど、まだ意識が戻らないの」 「助かるんですよね」 「ええ。わたしたちは物理的に死ぬということはないんですけれど、相手が相手ですから」 「どうなるんです」 「敵が情報生命体なら、情報を失うでしょう」 ええと、つまり。 「わたしたちの体の構成は情報で成り立っているので、情報そのものが損傷を受けると機能不全になるんです」 「記憶喪失みたいなものですか」 「ええ。記憶だけではなく思考も、人格も」 「そんな。長門じゃなくなるってことじゃないですか」 「お互いにバックアップを取り合っていますから、多少の損傷は補填できるのですけれど……」 喜緑さんはそれ以上何も言わず、部屋の中を指した。中へ入ると布団に長門が眠っていた。包帯でも巻かれているのかと思ったが、血の跡もケガの跡もなかった。その横には朝倉がうつむいて座っていた。 「朝倉、なにがあったのか教えてくれ」 ── 以下、朝倉から聞いた話だ。 長門はひとり、あいつらのただなかに乗り込んだ。情報統合思念体の全員が集まった。 「ひとりでやってくるとは、勇猛なのか無謀なのか」 「……話し合いに来た」 「我々の目的は伝えたはずだ。お前たちが承諾しようがしまいが結果は変わらん」 「……共存の道もあるはず」 「わたしはこの組織を解体するつもりはない」 「生き残ることが優先するはず」 「知ったような口を利くな。お前に何が分かる」 「……わたしはずっとあなたの後ろで、あなたの情報をもらっていた。わたしには、あなたの考えが分かる」 「それがどうした。お前は安全なところで情報を得たのだろう。現場で危険な目に会っているわたしの気持ちが、お前に分かるか」 「……わたしはずっとあなたを見ていた。同じ感情を持っていた」 「だがお前はわたしを見捨てた」 「……見捨てたのではない。あれは事故だった。あなたが消えて、わたしはひとりで生きなければならなかった」 「よかったじゃないか。いい厄介払いができただろう」 「……わたしは、唯一の肉親を失った」 その言葉を聞いて、αは黙った。 「……わたしの世界に、戻って」 「そんなことをするくらいなら始めから上書きを挑んだりしない。この世界は、わたしが自ら作り上げたのだ。拡大はあっても縮小はしない」 「……もう一度、あなたと過ごしたい」 「では、自分の世界を捨てて我々に加われ」 「……それは、できない」 それが最後の言葉だった。次の瞬間、長門は全思念体から集中砲火を浴びた。αに匹敵する力を持っているにもかかわらず、長門は反撃しようとはしなかった。攻撃を避けつづけ、なんとか交渉の余地を模索していた。思念体のひとりが長門を地面に縛りつけた。長門の足がコンクリートに張り付いた。それを見て全員がいっせいに長門を串刺しにした。 見かねた朝倉が円筒状のシールドを何重にも張って長門を保護した。目くらましの閃光を発したあと、縛り付けられた長門の足をその地面ごと引き剥がした。朝倉は傷だらけの長門を抱えて空間移動し、彼らから十分な距離を置いてから次元転移した。あいつらは一瞬なにが起ったのか分からず、数秒間、朝倉が介入したことすら気づかなかったことだろう。 「彼らは最初から長門さんを餌食にしようと待ち構えていたわ」 餌食というのは、長門の持っている膨大な量の情報のことだと朝倉は言った。長門の持つ情報を元に、俺たちの世界へ乗り込むつもりだった。そうすれば情報統合思念体も易々と征服できる。 あいつらはどうも俺の知る情報統合思念体とはだいぶ性格が違うようだが。やたら好戦的というか、攻撃的というか。 「あなたは自分の世界が消え去ろうとしているとき、理性を保っていられるかしら」 しばらく考えたが、朝倉の質問は俺には高度すぎて簡単に答えを出せるようなものではなかった。 「お前だけは理性的なんだな」 「それがわたしの仕事」 αをトップとするこいつらの組織には派閥がない。その代わりに、バランスを取るための存在が朝倉なのだという。すでにバランスを取るだけのパワーも思索も尽きたようだが。 「とんでもない事態だったんだな」 「まるで集団リンチだったわ」 「長門を助けてくれて礼を言うよ」 「いいのよ。でもわたしはもう、向こうへは戻れないわね」 裏切り者がのこのこ戻ったりしたら、即時消去されるだろう。 「お前にはすまなかったが、俺たちと一緒に来いよ。向こうの朝倉をそのまま引き継げばいい」 「それもそうね……」 誘いにあまり気乗りしないのか、朝倉はうつむいたままだった。 「キョン、いるの?」 襖の向こうからハルヒの声がした。帰ってきたらしい。 「ハルヒ、ちょっと待て」 叫んだが間に合わなかった。襖がガラリと開いてハルヒが顔を覗かせた。 「あら、有希どうしたの」 さあて、どう説明したらいいんだ。 「昨日湯冷めして風邪を引いたらしいんだ」 かなり適当で妥当な言い訳をした。今が冬でよかった。ハルヒが入ってきて長門の額に触れた。 「そうなの。熱はないみたいね」 「ああ。さっき医者に連れて行って注射を打ってもらった。寝てるから、そっとしといてくれ」 「分かったわ。あたしになにかできることある?」 こいつにできることか……。 「なんでもないただの風邪だしな。早く治るよう願い事でもしといてくれ」 「分かったわ」 今のは気休めに言ったつもりだったのだが、このセリフを言ってしまって相手がハルヒであるということの意味にハッとした。本人には本気として伝わったようだ。ハルヒの願い事も、地球の自転が逆になるとか冬に桜が開花するとか突飛なものではなくて、こういう誰かの役に立つものなら大歓迎なのだが。 俺は長門の枕もとにじっと座っていた。しんと静まり返った部屋のなかで、ときどき寝息が聞こえる。この小柄な女の子は、世界を救おうと必死で戦っている。なにか見返りがあるというわけでも、誰かに頼まれたというわけでもないのに。この世界にヒーローの称号が許されるとしたら、まずこいつに与えられるべきだろう。ナイトの称号でもいい。 クリスマスの当日だというのに、部屋の雰囲気は暗かった。黙ってはいたが、古泉はなにか重大な事件が起こったことをうすうすと感じ取っていたようだし、朝比奈さんにもこの重苦しい雰囲気は伝わっているようだった。 おばあちゃんが晩飯の用意ができたと言いに来たが、みんなに先に食ってもらった。せっかくのケーキだったが、俺はこいつの目が覚めるまで待っていてやりたい。 ハルヒの願い事が叶ったのかどうか、夜九時頃になって長門が目を覚ました。 「長門、気がついたか。俺が分かるか」 長門はじっと俺を見つめた。 「……」 いい兆候だ。いつもの長門だ。喜緑さんと朝倉の顔を見ると、起き上がって宙を見つめた。 「……情報統合思念体が存在しない」 「長門さん、ここは平行世界ですわ」 「……なぜ、朝倉涼子が存在する」 「わたしはあなたの知っている朝倉涼子ではなくて、別世界の情報生命体なのよ」 長門は少し考え込んでいた。珍しくこめかみを押える仕草をした。それ、もしかして俺のマネか。 「……記憶野に少し障害がある。時系列が一致しない」 そりゃそうだろう。俺でさえ、ここ数年に起こった出来事のせいで混乱気味なのだ。 「……あなたの記憶を、分けて欲しい」 「俺の記憶?いいが、どうやるんだ」 長門は俺の頭を両手で抱えるように持ち、顔を近づけた。まさか、こないだみたいに額にキスをするんじゃないだろうな。ほかの二人がじっと見ている。これはかなり恥ずかしいぞ。だが額に感じたのは唇ではなくて、長門の額だった。目の前に長門の顔が迫り、俺はどこを見ていいのかわからず目を閉じた。 長門はゆっくりと顔を離した。 「もう、いいのか」 「……ありがとう」 少しだけ頬が朱に染まっているのは気のせいだろうか。 五章へ
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第1章 消失前夜 わたしは世界を改変する。そして、改変後すぐに彼によって世界は再改変される。しかし、再改変後の世界がどうなるかは分からない。『再改変後のわたし』が同期化を拒むからだ。なぜ未来のわたしは同期化を拒むのか。わたしはその訳をうすうす感づいていた。 世界改変後に、わたしはいないのではないか。 同期化をすれば未来を知ることになる。当然、わたしの寿命もわかってしまう。 世界改変によって情報統合思念体を抹殺したわたしにそのまま観察者としての役割を任せるとは到底思えない。間違いなくわたしは、処分される。未来のわたしは知られたくなかったのではないか。わたしの最期を。 ◇◇◇◇ 授業が終わると一目散に部室に向かうため、部室に来るのはいつもわたしが最初。そして、2番目に彼が来ることを望んでいる。 今日もわたしが一番。1人、部室の片隅で本を読んでいる。 「やあ、どうも」 二番目は古泉一樹。今日はハズレ。 「長門さん。こんにちは」 古泉一樹はにこやかに微笑み、わたしに近寄り、小さな声でわたしに話す。 「長門さん。近日中に何か大きな事件が起こるのではないのですか」 「………」 「最近、あなたたちヒューマノイドインターフェイスの動きが活発化しています。また、朝比奈さんたちの組織のエージェントも続々とこの時間帯にのりこんできています。その数は涼宮さんが閉鎖空間を発生させた時に匹敵します。 長門さん。何か知っているんですね。教えてもらえませんか。おそらく、数日後、いや早ければ今日中にも何か世界を揺るがすような大事件がおこるはずです」 「わからない」 嘘ではない。本当にわからない。わたしは適切な回答を伝えることはできない。 「なぜです。涼宮さんがらみなのでしょう?我々機関とあなたたちとは利害が一致するはずですが」 「あなたには関係のないこと」 わたしは何も教えるつもりはない。 古泉一樹は笑顔を作り、 「わかりました。聞かないことにします」 と言った。 わたしは本を開く。しばらくの沈黙の後、朝比奈みくるが入ってきた。 朝比奈みくるは涼宮ハルヒの命令に従い、メイド服に着替えるのが日課。涼宮ハルヒは朝比奈みくるにメイド服を着せることにより、涼宮ハルヒの認識する『一般的な学校のクラブの部室』とは異質な雰囲気を作ろうとしている。 朝比奈みくるが着替えを終え扉を開けると、外で待っていた古泉一樹と一緒に、彼が入ってきた。 「キョン君。すぐお茶煎れますね。」 「ええ。ありがとうございます。」 朝比奈みくるはうれしそうにやかんでお湯を沸かし始めた。 彼はお茶という飲み物を好む。お茶は99%が水分であり栄養価はほとんどない。しかし、お茶には物理的に説明できない効果を発揮するようだ。わたしにはそれが何か理解できない。人間の行動を理解するのは難しい。 「ゲームでもしませんか」 古泉一樹は彼にそう言うとTRPGのボードを取り出した。ゲームは有機生命体の不確実性を顕著に示すもの。有機生命体には『勘』というものがある。この『勘』の正確性を競うものがゲーム。例えばオセロ。このゲームは白と黒の石を置いていき、最終的にどちらの石が多いかで勝敗を決める。オセロの配列パターンは10の58乗通りしかなく、数学的には必ず先手黒が勝つ。しかし、有機生命体のである人間は10の58乗通りの配列パターンを記憶できる能力はなく、勘で石を置く。よって同じ相手とオセロをやっても毎回結果が変わる。わたしはいつも彼を応援している。古泉一樹に負ける姿を見たくはない。しかし古泉一樹は有機生命体特有の『勘』という能力に長けている。彼に勝ち目はない。今日も劣勢だ。仕方がない。わたしは今回も彼が勝つように情報操作を行う。 ドン 勢いよく扉が開く。 涼宮ハルヒが入ってきた。扉を閉めるなり 「クリスマスイブに予定ある人いる?」 満面の笑み。 「予定があったらどうだってんだ。まずそれを先に言え」 涼宮ハルヒは彼のもとに近寄る。 「ってことは、ないのね」 彼は黙り込んだ。 全員の予定を聞いて回り、涼宮ハルヒは宣言した。 「そういうことで、SOS団クリスマスパーティの開催が全会一致で可決されました。でさ。こういうのは雰囲気作りから始めるのが正しいイベントの過ごしかただわ。この殺風景な部室をもっとほがらかにするの。あんたも子供の頃にこんなことしなかった?」 「するもしないも、後もう少ししたら俺の妹の部屋がクリスマス仕様になる。しかも妹は、未だにサンタ伝説を信仰しているようだが」 「あんたも妹さんの純真な心を見習いなさい。夢は信じるところから始めないといけないのよ。そうでないと叶ものも叶わなくなるからね」 涼宮ハルヒらしい言葉。彼女はありふれた普通の日常とは違う生き方を望んだ。世界の誰よりも面白い人生を目指した。それは途方もない夢。その夢は誰にも理解されなかったが、孤高を貫き夢は捨てなかった。そして、今も立ち止まることなく走り続けている。 一方、わたしはそんな彼女をただ、観察している。ただそれだけだ。 わたしの夢はなんだろう。 「でさ、キョン。クリスマスパーティを盛大にやるのはいいとして、何がいい? 鍋? すき焼き?」 「それでは店を予約しなければなりませんね」 「あ、それは心配しなくていいわ。ここでやるから」 「ここでやる?学校内それも古ぼけた部室棟でそんな料理していいわけないだろ」 「いいわよ。もし生徒会や先生達が乗り込んできたら、あたしの素晴らしい鍋料理を振る舞ってあげるわけ。そしたらそいつらもあまりのおいしさに感涙にむせび泣きながら特例を認めるに違いないって寸法よ。寸分の間違いもないわ。完璧よ」 涼宮ハルヒはふんぞり返り、彼はやれやれとでも言いたげな顔をしていた。部室は、クリスマス仕様にするまでもなく、ほがらかな雰囲気となっていた。 ◇◇◇◇ いつもと変わらない日常が広がっていた。毎日学校に行き、部室で本を読み、家に帰り金魚を眺める。それは不気味なほど平穏な日々だった。このまま何も起こらず18日が過ぎていくのではないか。そう思えるほど平穏だった。しかし、現実はそう甘くはなかった。 わたしが学校から帰り普段と変わらずマンションの一室で明日学校へ登校するために待機しているときに、それは起こった。 しんと静まる真夜中、何の前触れもなくベルが鳴った。ドアの前に立っていた人が全く予期していなかった人物だったので少し驚いた。 「夜分遅くにごめんなさい」 喜緑江美里がそこにいた。 「少しお話ししたいことがあるのですがよろしいかしら」 わたしは戦慄した。喜緑江美里とは友好関係にあるが2日後には大事件が待っている。とりわけ穏健派は『静観』が基本スタンスだ。世界改変を阻止するためわたしを消し去ろうとしても不思議ではない。間違ってもわたしに世界改変の手助けをすることはしない。 わたしは平静を装い喜緑江美里を部屋に案内して、お茶を煎れた。 わたしが彼女の前にお茶を出すと彼女は、笑顔を浮かべ 「ありがとう。長門さんも人間生活に慣れてきたんですね」 と言いながら湯飲みを持ち、こう続けた。 「朝倉涼子のことをまだ気に病んでいるのでしょ?」 「わたしは正しいことをしたまで」 「そう割り切っているならいいのですが、あなたはまじめ過ぎるところがあるので」 その言葉に少し驚いた。喜緑江美里はまじめでないことがあるのだろうか。 「私たちヒューマノイドインターフェイスは有機生命体とコミュニケートできるように、『感情』を持っています。そのため、情報統合思念体本体とは違い不完全な存在です。例えば情報統合思念体の指令をうっとうしいと感じたことはあるでしょう」 わたしは答えなかった。 「そう感じるのはエラーでもなんでもありません。極めて正常なことです。これは私たちが『感情』を有しているからこそ起こる現象です。自分が完璧であろうとする必要はないと思いますよ。たまには自分の欲望に忠実になってはいかがしら」 世界改変を勧めているように聞こえたので、その言葉はわたしにとって予想外だった。しかしなぜ? 「あなたの意図がわからない」 「ひどい言い方ですね。安心してください。わたしが今ここにいるのは情報統合思念体からの指令ではなくわたしの意志です。ここ最近のあなたは追い詰められているようだったから。 朝倉涼子がいなくなり寂しいのではないかと思いまして。わたしも孤独だったから……あなたを見ていられなかったの」 彼女は本当に心配そうにわたしを見る。それは意外な一面だった。わたしは何を言っていいかわからず黙り込んでしまった。 「本当は変えたいんでしょう」 彼女は唐突に切り出し 「あなたは何を躊躇しているの? 」 と続けた。 喜緑江美里は世界改変の事実はおろか、わたしの心の中まで把握している口ぶりだった。まさか、世界改変の事実が情報統合思念体に筒抜けになっているのではないか。 「安心して下さい。わたしがこの事実を知っているのは、未来のあなたが教えてくれたからです」 未来の私が? どうして? 「それは教えられませんわ。未来のあなたに口止めされていますから。本当は、ここに来るのも止められていたんですけど、あなたの様子を見てたら、どうしても話がしたくなりまして」 そう言う彼女に敵意も悪意も感じとることができず、わたしは彼女の言葉をあっさり信じてしまった。 「わたしは変化を望んでいる。でも、彼はそれを望んでいない」 「彼が脱出プログラムを起動したこと?」 「世界は彼によって元に戻される。仮に実行しても何も変わらない」 喜緑江美里はフっと笑った。 「長門さんらしいわ。確かに彼は望んでいなかったかもしれない。でも、それは意味のないことなのかしら。あなたがそれを行うことで世界は変わらなかったかもしれない。けど彼の気持ちは変わらないかしら」 「彼の気持ち? あなたの意図している意味が解らない」 「あなたの行動によって、あなたの気持ちが彼に伝わるのではないでしょうか。あなたには心に秘める強い気持ちがあるのでしょう。彼にその気持ちを伝えればどうかしら」 「わたしが意志を持ち彼に接触することは観察者として失格」 「あら、それは面白い認識ですね。観察者と傍観者は違います。あなたの行動が観察者としての役割を放棄することにはならないと思いますよ」 さらにこう付け加えた。 「それに人間と付き合うことは決して悪いことではありません。有機生命体のことを理解することは、観察活動においても大切なことです。なにより、楽しいですし。わたしも生徒会長と付き合っていますがなかなか貴重な経験ができますよ。確かにあなたの場合は相手が相手ですから少し自重していただかないと困りますが。それでも涼宮ハルヒにバレない程度なら問題ないでしょう」 喜緑江美里の激白には正直驚いた。 わたしは職務を円滑に行うため自らの行動に制限を設けてきた。情報統合思念体の指令に逆らいたいことも何度もあった。しかしそれはエラーだと言い聞かせてきた。しかし、喜緑江美里はそれを否定した。確かにいくら鈍感な彼でも、世界改変をすればわたしの気持ちを理解してくれるはずだ。世界改変を行うことは絶対にないと思っていた。しかし、今、わたしの心は揺れ動いていた。 喜緑江美里が帰ったあと、わたしは彼に電話をした。彼にお面を渡そうと思ったのだ。夏休みが終わりすぐに渡せばよかったのだが、わたしは躊躇し、今まで渡せずにいた。明日何が起こるか分からない。渡すなら今日しかないと思った。彼から電話がかかってくることは何度もあったが、わたしからかけることははじめてだと気付き、少し可笑しくなった。 「あなたに渡したいものがある。公園まできてほしい」 電話の向こうで彼が動揺しているのがよくわかった。公園で待つこと30分。彼が自転車に乗って現れた。 「待ったか」 「今来たところ」 「用事ってなんだ」 彼は医師から身体を蝕む病の告知を受けるため診察室に呼ばれた入院患者のように、どこか落ち着かない様子だった。 「これ」 わたしは差し出した。エンドレスサマー『9874回目の夏の彼』から渡されたお面を。 「覚えている?夏休みのこと」 「ああ。ハルヒのキテレツなパワーで繰り返しやってきた夏休みのことか」 「そう」 「あなたに記憶はないが、9874回目の夏、あなたはこのお面をわたしに託した。そして、あなたに渡すように頼んだ」 わたしは9874回目の夏に起こったことを伝えた。 「過去の俺には悪いが全く記憶がない。でも、俺は過去の俺に感謝している。8月30日、ハルヒが夏休みの終わりを言い渡して帰ろうとしたとき、俺は今まで受けたことのない既視感に襲われたんだ。それは、過去1万5千回分の過去の俺の声なんだってそう思ってる。あの既視感がなかったら俺はいまだに夏休みをさまよっているさ。当然、9874回目の俺にも感謝している。俺だけじゃない。過去の古泉にも、過去の朝比奈さんにも、もちろん長門にも」 彼は微笑みわたしに言った。 「ありがとう。このお面は大切にする」 わたしは安堵した。 「しかし、夜景か。俺に記憶がないのに、長門だけ俺と2人で行った記憶があるなんて不公平だな。今から行くか。その方が9874回目の俺も喜ぶような気もするしな」 「あなたとは行かない。彼との大切な記憶を汚されたくないから」 彼は呆けている。 「……冗談」 とわたしが言うと彼の顔は緩み 「勘弁してくれ。普段冗談を言わんから本気と勘違いしちまう」 わたしと彼は再びあの展望台へと向かった。 展望台は風が強く、わたしの髪がなびいた。吐く息が白く濁ったのをみて時間の経過を感じざるを得なかったが、そこにはあのときと同じ景色が広がっていた。夜景を眺める彼の横顔はどこか哀しさを漂わせ、9874回目の彼が消えた時の記憶がフラッシュバックした。彼を見て思う。わたしは彼が好きだった。好きで好きでたまらなかった。もしも願いがかなうなら、普通の人間になり、彼と笑い合い、喜び合い、励まし合いたい。思いを寄せる人を見て頬を赤らめ、驚くことがあれば、おどおどする、どこのでもいる女の子になりたかった。たとえわたしが消えるとしても、やってはいけないことだとしても、一度でいいから彼に微笑みかけたかった。 涼宮ハルヒの能力を使えばそれが可能だった。 わたしは世界改変を起こすことを事前に把握すればエラーを取り除き未然に改変を防ぐことができると考えていた。しかしそれは違う。事前にわかってしてしまったからこそ、世界改変をしてしまったのだと思う。世界改変をする時期はいつでもいい。未来になぞる必要はない。しかし、この機会を逃したら……今、世界改変を行わなければ、わたしはずっと逃げ続けてしまう。ここで決断できなければ、ずっとできない。そういう想いがわたしの頭の中を支配し、わたしに決断を迫った。 わたしは北高の校門の前に立つ。 辺りは暗く、街は寝静まっている。空には星が輝いていた。 わたしはふと考える。もし、彼の記憶も改変すれば…… 何も未来の規定事項に沿う必要はない。彼の記憶を改ざんし脱出プログラムも用意しなければ、わたしの望む世界が永遠に続く。 しかし、それだけではできなかった。今でも9874回目の夏休み、彼の最後の微笑みがわたしの脳裏に焼き付いている。彼の記憶を操作することだけはできなかった。 右手を宙に向ける。宙には星が輝いていた。世界よ。許して欲しい。わたしのわがままを。 そっと目をつぶり、世界改変を行おうとしたそのとき、驚くべきことが起こり、呪文を唱えることをやめた。わたしの前に『わたし』が立っていた。 「わたしは未来から来た」 わたしは息をのみ、黙って目の前のヒューマノイドインターフェイスを見つめた。同期化を拒否し続けた『わたし』がわざわざ会いに来るのだから相当重要なことだろう。わたしの前に立つ『わたし』は続ける。 「あなたに、忠告しなければならないことがある。世界再改変を円滑に進めるために次のことをしなければならない。必ず実行してほしい」 「まず、この後、この場所で世界改変を行うこと。その3日後、同じ場所、同じ時間に同じ動作をしてほしい。もちろん再び世界改変をやる必要はない。マネだけでいい。 次に、彼が3日以内に脱出プログラムを起動するように『しおり』に期限を明記すること。 最後に、朝倉涼子を復活させること。 また、あなたが危機に直面したとき、あなたを護り、あなたに銃口を向けた人間を殺すようにプログラムしておくこと。たとえそれが誰であっても」 わたしはそれを聞いたとき聞き間違いではないかと思った。わたしに銃口を向ける人が誰かを知っている。なぜなら、彼に銃を渡したのはわたしなのだから。 未来のわたしは本当にバグを起こしたのだろうか。 わたしは言う。 「彼を傷つけるようなことはできない」 「心配ない。わたしが彼を助ける。彼は殺させない。このプロセスは再改変に必要不可決。必ず実行する必要がある」 信じていいのだろうか。 「わたしは彼を何よりも大事に思っている。どのようなことがあっても、彼を殺すような行為は絶対にしない。信じて」 たしかにそうだ。『わたし』はわたしだ。彼の死を望むはずがない。 しかしなぜ。 「今は教えることができない。あなたにはこれから起こることを直接体験してほしいから」 「最後にもう1つ。もし、困った事態に直面したら彼とはじめて出会ったときのことを思い出して欲しい。彼に対して行ったこと、それが鍵になる。世界改変の成功を祈る」 時刻はちょうど午前03時00分を指し示していた。わたしは『わたし』の意図が全く分からなかったが、目の前にいる『わたし』が本心から世界改変の成功を祈っているのか、誰かに脅されて嘘を語っているのかを見分けることぐらいはできる。 何よりわたしの前にいる『わたし』はやわらかな表情と生きた目をしていた。 『目の前にいるわたし』は信用できる。 「あなたの忠告を受け入れる。必ず実行する」 と『わたし』に伝え、再び右手を挙げ、 そっと呟いた。禁じられた言葉を。 ◇◇◇◇ このとき、わたしはこれから起こる出来事を全く予期できていなかった。この後、事態は込み合っていて、複雑な段階が物語を創っていくことになる。 わたしはちゃんと考えるべきだった。 なぜしおりに期限を明記する必要があるのか。 なぜ朝倉涼子を復活させたのか。 なぜ喜緑江美里が世界改変を勧めたのか? 彼も朝比奈みくるも、そしてわたし自身も知らない隠された真実を知るのは今から3日後のことになる。 第2章につづく
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「長門……」 俺はハルヒに脅されて縮こまった朝比奈さんのような弱々しい声で呟く。我ながら情けない声出しちまったもんだ全く。 「……」 長門は只その液体ヘリウムのような瞳を俺に向けていた。 「辛かったな」 頭を撫でてやる。この場合抱きしめてやるのが漫画界やドラマの世界でいえば常識と言っても過言ではないのだがハルヒに見つかったらタダでは済まないしそれ以前に長門にそんなことするのははばかられた。ハルヒに見つかる可能性は限りなく0に近い場所なんだが。 「……」 その冷たい目はただ俺の顔を見つめている。ハルヒよりデカくはないが俺からみたら十分大きい目は俺だけを映し出している。 「お前はずっと耐えていたんだな」 俺は長門が持っている閉じられた本に目をやる。タイトルを見る限りじゃ恋愛物だな。カバーに描かれたハートをモチーフにしたキャラを見るに間違いなさそうだ。 「……」 長門の微かな表情変化。長門と長く接してないと決して感じ取ることのできない微細な変化。 「今日は俺がついてるからゆっくり休め」 今までずっと俺達のために色々やって来てくれたんだからな、1日ゆっくり休んだって罰は当たらん。 今までの功績から見るに3ヶ月休暇させても俺は大いに納得するぞ。 「……」 長門は本を自分の横に置き自分は仰向けになりこう呟いた。 「ありがとう」 しばらく経って長門が目を閉じる動作を見て、やはり宇宙人に造られた人造人間も目を閉じて寝るんだなぁなどと考えながら俺も囁く。 「どういたしまして」 夜はふけていく。 寒くもなく暑くもなく心地よい夜だ。 「ふふっ、やはりあなたに来てもらって正解でしたね。こんな安心した顔の長門さん初めて見ます。思わずほっぺたつつきたくなりますね」 あなたはいつからそんなキャラにイメチェンしたんですか? 「上も一応安心しているようです。長門さんはもはや我々にとってなくてはならない存在ですからね」 上品な笑顔を振りまきつつ長門のデコを撫でていた。 「今回の長門のコレの原因はなんなんですか?」 俺は長門の貴重なスリーピングモードを目に焼き付けつつ質問する。 「原因はあなたです。キョンさん」 初めてあだ名にさん付けされた。俺が本名で呼ばれる日はいつ来るのだろうか? 下手したら卒業式までキョンと呼ばれそうな気がする。 「どういうことですか喜緑さん?」 長門のお目付役の美少女アンドロイドが液体窒素のような目で俺を見ていた。 「あなたはわかっていた筈ですよ」 夜の街はまだまだ眠りにつくことはないらしい。俺もまた今日は眠ることはないだろうなと悲観しつつ喜緑さんと対峙した。
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配合済みモンスター。親子関係はこちらにまとめました。 みゃー子 ザントマン 氷華 にとりん ゲコ太 シトリン よみ 沙紀 リオン みい サスケ ナミ ルイ セシリン 大和 魔理沙 はわわちゃん ※上弦衆 キース あやや 天津飯 やる夫(アリス)のライバル 高坂 桐乃 周防 九曜 新垣 あやせ エリカ やる夫(アリス)の味方 アンジェリーナ・菜夏・シーウェル 上白沢 慧音 桜 イリヤスフィール・フォン・アインツベル 雪華王 蒼星王 翠星石 大妖精 高坂 京介 あかり 吉田一美 やる夫(アリス)の敵 雑魚モンスター達 ざんげちゃん ナタネ GTロボ 春日野 椿 喜緑 朝倉 長門 森 イツキ ウルフルン アカオーニ マジョリーナ 西園寺世界 朝比奈みくる
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15,フリープレイ(R) 呆けた人間に有事を理解させるにはショック療法が一番手っ取り早いなんてのは経験から言って間違いじゃない。それに朝倉は急進派だしな。急いては事を仕損じると昔から言うが、しかし今回に限れば少女の目論見は成功に終わったと言ってやってもいいだろう。 お陰で大分目が覚めた。 人の出入りが奇跡的に無いマンションのエントランスは冬でありながら、その体感気温を上昇させ続けていた。心臓を始めとして血管一本一本に至るまで血と共にカンフル剤が巡っているように脈拍は速い。これは俺の意識の在り方の違いでしかないのだろうが。 昨日までとは違う。ついに「始まった」、そう直感的に理解する。具体的に何が始まったかは朝倉にでも聞かないと只の一般人である俺には分からない。だけどもう、何かが確かに始まっているというそれだけはこんな俺にも言い切れた。 十二月、クリスマス。ワールドエンド。今年もまた非常識が俺の周りに吹き荒れている。毎年恒例としちゃ悪趣味で、でもってそれをどこか楽しんでいる節すら有る俺は無気力に成り切れない好奇心旺盛な年頃の例に漏れないらしい。 台風の目を探しに今すぐ走り出したい気持ちを抑えて朝倉の次の言葉を待った。じっと俺を見つめるその先で少女は天井の明かりを見つめている。シャミセンがたまにああして何も無い中空を見つめている事が有るも、それとはまた毛色が違うだろう。 たまに長門もアレをやってる事から、母船との交信だろうと当たりを付ける。一分ほど経って朝倉は通信を切ったのか目線をこちらに移した。 「お待たせ。待った?」 少女の首の動きに合わせて艶めく長い髪が鮮やかに踊る。しまったと後悔した時には既に遅く、俺は脊髄反射で軽口を叩いてしまっていた。 「今の台詞、初デートに意気込み過ぎて服選びに熱中していたら遅刻しちまった部活の後輩ってシチュエーションでもう一回頼む」 ……宇宙人の視線が途端にキツくなる。それに合わせて脇腹の辺りに幻痛が再来。こっちが悪いのは重々承知だが、しかしてそうやってトラウマを直接触るのはどうか止めて頂きたい! 少女は人生に疲れた中間管理職のおっさんみたいな悲哀に満ち満ちた溜息を一つ吐いた。 「まだ危機感が足りていないみたいね」 ヤバい……死ぬ。 朝倉の手の中にバタフライナイフが構築されるのは時間の問題だったが、それよりは俺の謝罪の方が早かったのでなんとか事なきを得た。ああ、朝倉の言う通り。これじゃ人生本当に綱渡りじゃないか。 「ただの冗談だ。っつーか、条件反射みたいなモノだからどうか広い心で大目に見てくれ。……それよりも朝倉」 「何?」 「さっきは誰とテレパシ会話してたんだ? まさか、長門か?」 殺意とつまらない話題はさっさと逸らすに限る。誰よりもお前が言うなという声がどこからか聞こえてきたするが、それは黙殺。 「いいえ、喜緑さん。もう少しでここに来るそうよ」 ああ、そうか。彼女もこの宇宙人御用達マンションの住人だったな。彼女にも聞きたいことは有る。何を思ってあのバーガーショップで俺に接触してきたのか。あの時、彼女が俺にくれたメッセージは長門に極力負担を掛けないように、と……、 「ちょっと待ってくれ」 「どうしたの、突然怖い顔をして」 「彼女は今までどこに行っていたんだ?」 長門は自室に軟禁されていた。そして、そういった場合の長門の代役である朝倉はこのマンションに居る。だったら喜緑さんの出番だ。まるで初めてのおつかいを見守る母親のようにそれとなーく物陰から俺を見守るのが宇宙人の基本労働であるらしい。いつもなら何やってやがるんだか、と呆れ返る訳だが。 『それが私の役割ですから』。 役割を放棄してまで、彼女は今現在何をしているというのか。 「あ」 なるほど……朝倉に殺されかけた時に俺が感じた、あの違和感の正体はこれか。 宇宙的不可思議結界に保護対象が閉じ込められたってのに、喜緑さんはいつまで経っても助けに来なかった。長門の代役は朝倉だけじゃないのだから、それでは確かにオカしい。 「喜緑さんの名誉の為に言っておくけど彼女だって遊んでいた訳じゃないわ。大方、彼女の監督不行届を貴方は非難したかったのでしょうけれど。けど、残念ね。彼女は仕事。今日一日、ずっと追跡して監視していたそうよ。ご苦労な事よね。私なら絶対にイヤ」 そう言って朝倉は大袈裟に首を振る。追跡? 監視? お前ら一体何をやって……何を知っていやがるんだ。 「誰を? 誰を追跡して監視してたんだ、喜緑さんは?」 ハルヒか、朝比奈さんか。朝比奈さんだとしたら果たしてどっちだ? 未来から来た方か――って、二人とも未来から来た朝比奈さんだった。ええい、ややこしい。 朝比奈さん(大)が監視対象ってのに一点賭けの予想をした俺だったが、事態はいつだって予想を超える。まあ、ハルヒに出会ってからはむしろ予想通りに事が進む方が少ない。 それも常識外れの方向で。 「あら、貴方も会ったんじゃないの? 喜緑さん、途中で貴方と大人の方の朝比奈さんを見掛けたって言ってたわよ」 「途中? 途中ってのは尾行の途中だよな」 そう言や俺も今日のいつだったか尾行調査に勤しむ探偵のような真似をしちまったんだが、果たしてアレはいつだったか。悩み込むほどでもなく、記憶の糸は案外容易く手繰る事が出来た。そうそう、朝比奈さん(小)が友達と歩いていた所に遭遇したんだっけな。 午後三時過ぎ、商店街アーケード下でだ。でもって朝比奈さん(大)に出会って、そこから俺たちは真っ直ぐ駅前の喫茶店。喜緑さんが俺を見掛けたってのはこの辺りの話だろうな。 勿論、道すがら通行人とは多かれ少なかれすれ違っているが、しかし宇宙人がそんな名前も知らない誰かを尾行しているってよりは朝比奈さん(小)を尾行していたと、こう考えるのが一番自然だと俺は思う。 だが……なぜ? 朝比奈さん(小)は未来人だ。それは間違いない。けれど、こう言ってはなんだが彼女にそこまでの――宇宙人がマークする程の価値が有るだろうか? 未来から来たアドバンテージを、しかし最低限度しか持ち合わせていないのが彼女のウリだろ? 「……お前ら、朝比奈さんを尾行してどうするつもりだ? もしかして彼女がワールドエンド・クリスマスの原因だとか言い出すんじゃないだろうな」 「あら、喜緑さんが監視しているのは朝比奈さんではないわよ」 「そうなのか?」 「ええ。ただし、今回の騒動の、彼女が原因の一端ではあるけれど。一緒に歩いていた女の子が居なかったかしら?」 「居たな、確かに。えーと、黄色のリボンで髪を括った子だろ」 つーか、最早それくらいしか特徴を覚えてない。直後に起きたゴージャス・アサヒナによる腕組みの感触が衝撃的過ぎて記憶の細部を持って行ってしまったのだ。まあ、これは仕方が無いだろう。 朝倉は俺の回答に頷くと、デフォルトの微笑みでもって爆弾発言を噛ましてくれた。 「彼女、未来人よ」 「は?」 高校二年生も折り返しを過ぎたここに来てまさかの新キャラ投入である。何考えてんですか、朝比奈さん(大)。 「未来人、だって? そんなモン誰も追加注文しちゃいないぞ」 思わずそう言った後で考え直す。もしやまたハルヒの仕業か? 朝比奈さんが今年度いっぱいで卒業するという厳然たる事実を加味すれば、アイツが未来属性を持つ交代要員を求めた可能性は決して否定出来ない。 「あのね。誰が呼んだのかとか、そんなのはどうでもいいの。この時間軸に居るのは事実なのだから。ねえ貴方、あの未来人を早くなんとかしてくれない?」 お願い、と。いつか見た合掌の成り損ないを朝倉は俺に披露した。なんとかしろとは具体的に俺に何を求めているのか等、質問したい事は山と有ったがそれよりも、だ。 『何しろ、今回は願望実現能力の持ち主が相手のようなので』。 ああ、そうさ。この朝倉の口振りから言ってほぼ間違いない。 「その未来人とやらの名前は?」 俺の質問に答える声は検討違いの方向から聞こえた。 「わたしはわたぁし」 嘘だろ……おい。同じ台詞を俺は以前にも聞いた事が有る。「あの」舌っ足らずを再現しようとしたのは、これはもう発声元に確認を取るまでもない。それにしたって声が違う。全然違う。その声からはハルヒ譲りの溌溂さがごっそりと抜け落ちている。以上、別人で間違いあるまい。だが……、 だが、一体他にどこの誰が「渡橋(ワタハシ)」を名乗るというのか。 「あら、お帰りなさい。喜緑さんから聞いて、もうそろそろ帰ってくる頃だと思っていたわ。一緒に出かけた朝比奈さんは?」 宇宙人が入り口に向けて声を掛ける。闖入者の姿を一目見ておかなければと動かした首は、けれど俺の持ち物では無いみたいに、それこそ錆び付いた蝶番みたいに重たかった。 「みくるちゃんならすぐそこの角で別れたわよ」 そこに居たのは少女だった。それもすっげえ美少女だった。身内贔屓を抜きに見てすら超ハイレベルな我らがSOS団女子と俺の視線の先の美少女は横一列に並べても見劣りしないだろう。黄色のリボンで朝倉以下朝比奈さん以上って長さの髪を括っている。 しかし、ここで俺が特筆すべきは決してそのリボンでは無かった。 眼が。 「涼子ちゃん、玄関先で待っててくれたんだ。……で、何これ? なんでここにソイツが居るの? 嫌がらせ?」 渡橋を名乗るその少女。少女の持つアーモンド型の大きな瞳は――瞳の中の銀河系は一目見てそれと分かるほどにはっきりと。 はっきりと死んでいた。 俺が医者であれば不眠症に効く致死量ギリギリの睡眠薬を速攻で処方するであろう重たい隈がそこに輪を掛けて印象を悪くする。どこまでも美少女が台無しだった。 「嫌がらせだなんてそんな事しないわよ。それにどの道、貴女は彼を殺すつもりだったんでしょう?」 自分は中途の手間を省いてやっただけだとでも言いたげな朝倉。で、なんだって? 殺すとか何やら物騒な単語が今聞こえた気がするのだが。どうか俺の聞き間違いであってくれよ。 「だったら丁度良いじゃない。今、ここで殺しちゃえば。貴女になら、それはとても簡単な事でしょう」 聞き違いではなかったらしい。どうやらこの病んだ眼をした美少女もかつての朝倉よろしく俺を殺すつもりの未来人で……くそったれ、俺が一体何をしたって言うんだ。未来でレジスタンスのリーダーでもやってたりするんじゃないだろうな。だとしたら今ここで生き方を改めるも吝かじゃない。 っていうか、どいつもこいつもあんまり人の命を軽々しく扱い過ぎじゃないか? ああ、親の顔をしばき倒したい。朝倉も、でもってあっちの美少女も。 「……やっぱり嫌がらせね」 少女がそう呟くのと朝倉がバック転でその場を飛び退いたのは同時だった。直後、和太鼓に乗用車が直撃したような重たい音がエントランスいっぱいに反響し、俺は思わずしゃがみ込んで耳を覆った。鼓膜が余韻で割れんばかりに震える。情報操作とやらでトライアングルを脳味噌に直接突っ込まれているんじゃないかとすら疑わしい激しい頭痛に襲われた。 「外したか。ま、いいわ」 「外した? まさか。わざと外してくれたんでしょ。貴女が本気なら私に避ける術なんて無いもの」 見れば先ほどまで朝倉が立っていた床が陥没して半径一メートルほどのクレータが出来ている。なんだなんだ、なんなんだ? 見えざる巨人の攻撃か、はたまた局地的超重力場でも展開したのか? 俺に分かるのは朝倉が咄嗟に跳躍しなければ、そこに平面系女子が誕生していたという純然たる事実だけである。 「本当厄介ね、貴女のその願望実現能力って」 ――なんだって? 朝倉は今、なんて言った? 願望実現能力? 願望実現能力って願望実現能力のことか? なら、やっぱりコイツが古泉の言っていた犯人? 「分かってるじゃん、涼子ちゃん。そうよ、こんな厄介な力は他に無いわ」 偽渡橋はしみじみと言った。それは独り言のようでもあり、どこか深い悲哀を入り混ぜていたように俺には聞こえた気がした。俺とそう年の差が見られない少女が口に出して良い重さでは、それは無い。 そういう人生を感じさせる声音は少なくとももう十年は生きないと出しちゃいけないんだぜ。熟成ってヤツが必要なんだ、ヒトもな。 「お、お前は」 未だ残響にくらくらと不安定な頭を右手で支えて立ち上がりながら、俺は問い掛ける。問い掛けに少女は微笑んでいるような、泣いているような絶妙に悲喜入り混じった大人びた表情をした。 「お前は誰だ?」 「分からない、キョン?」 少女は俺のあだ名を知っている。しかも呼び捨てと来たモンだ。自分ではそう狭量なつもりもないが、流石に気分も悪くなる。 「分かるはず無いだろ。俺とお前は初対面も甚だしい。自己紹介くらいしてもバチは当たらないんじゃないのか?」 「私はわたぁし。わ、た、は、し、や、す、み、よ」 嘘だ。偽名に決まっている。俺の知っている渡橋ヤスミは目の前の少女みたいに背が高くない。眼も死んでなかったし、全体的に倦怠的な雰囲気を醸し出す彼女とは属性が正反対と言ってもいいくらいだ。 ヤスミの成長した姿である可能性も考えたが、どこをどう捻くれて育ってもこうはなるまいさ。なにせアイツは――、いや、この話は今は必要あるまい。 「それ、あからさまに偽名だろ。本名は言っちゃくれないのか?」 答えたのは朝倉だ。 「無理よ。彼女が本名を貴女に告げれば未来が変わってしまう。だから、彼女は偽名を名乗るしかない」 「そうなのか?」 問い掛ける。少女は――答えなかった。 沈黙は金か、それとも無言の肯定を意味しているのか。逡巡するまでも無いな。この場合はあからさまな肯定だろう。朝比奈さん(大)も彼女の名前を禁則事項だとか言っていた。 いや、朝比奈さんの言う「彼女」がこの偽ヤスミと同一である保証は無いが。 「……未来から来たって言うし、渡橋ヤスミなんて曰く有る名前を名乗ってるからには俺たちSOS団の関係者なのは間違いない、か。オーケー、お前さんが名前を名乗れないってのは眼を瞑るさ」 本音を言えば未来がどうなろうと俺にはあまり関心が無い。未来が変わってしまう、とか言われてもイマイチピンと来ないのはそりゃなぜか。未来とは現在の延長線上だからだ。未来人にとって過去は変化の無い、変化させてはならない歴史であるってのは百歩譲って分かる話だ。けど、朝比奈さんにとっての過去は俺にとっての現在で未来。それは流動形で千変万化するものでなければならない、俺にとって。 努力も夢も希望も何も規定事項などと言われては敵わないからな。全部決まりきっているなんて、そんなん言われちゃ俺はきっと全てが嫌になる。無気力になる。無力感で努力の全てを放棄する。 それは嫌だ。それだけはダメだ。ハルヒと約束した。死ぬほど努力すると。佐々木に教えられた。世界は変わると。 現在に生きる人間として未来は俺次第だと信じている。そういう矜持。 そういう教示。 しかしそれでも悪戯に未来を変えて朝比奈さんに怒られるのも、困らせるのも俺はゴメンだ。それくらいは譲り合いの精神を持っていてもいいだろう。何よりもそういう決定を今の俺が下したのだから、それがこの時間における選択だ。その先に朝比奈さんの未来がぶら下がっているなんてのはただの偶然に過ぎないのさ。 未来から来た少女を見据える。澱み切った眼、壁に凭れ掛かった俺と目線の高さが同じなのだから女子にしては背の高い部類に入るだろう。俺の知っている小動物系の「渡橋ヤスミ」とはその外見は似ても似つかない。 「ただ、本名を名乗れないとは言え、代替案でもヤスミを名乗られるのはな……その名で呼ぶのはちょっと、いや、かなり抵抗が有るんだが」 俺の視線の先で少女が微笑んだように見えた。頬を緩ませたのはほんの一秒にも満たず、その表情だけは年相応の柔らかさと愛らしさを含んでいた気がするも、すぐに彼女は何を考えているのか分からない大人びた顔に戻っていた。 表情がまるで無い訳ではないのだが、それにしても読みにくい。ポーカーフェイスの上手さは長門か佐々木にも匹敵しそうだ。 「そう言われてもさあ……好きに呼べばいいじゃないの。どうせ、それほど長い付き合いにはならないし。私ならアンタからなんて呼ばれようと特に気にしないから」 それはどういう意味だ。初対面の女子にあだ名で呼ばれて少しイラついている俺を皮肉っているのか。 「ふふっ、そうよね」 朝倉が笑う。何が「そう」なんだ。人を蚊帳の外に置くのを止めて同意の論拠を示せっつーの。 「貴方が彼女を何と呼ぶのかは真実、貴方の自由なのよ。ただし、責任が付き纏う事まで含めての自由だから、」 宇宙人のよく分からない発言はまだ続きそうだったが、それは少女の搾り出した重く、そして冷たい声によって遮られた。 「……涼子ちゃん」 「あら、怖い。睨まれちゃった。そうね、あんまりお喋りが過ぎる女の子って可愛くないらしいもの。……貴女に消されるのも遠慮したいトコロだし」 朝倉と渡橋(仮)の間で非常識バトルが勃発寸前の剣呑な空気が流れている――訳だが、一体俺はどうしたものか。とりあえずの問題はこの未来人少女を何と呼称するか、だな。他にもっと大変な問題が有るだろうって? マルチタスクが出来るようなスペックの脳味噌を積んでいない俺をおちょくっているのか? はてさて、名前……名前……いや、そんなに深く考えるまでもないか。いわくにそれほど長い付き合いにはならないらしいし。所詮仮称だ、仮称。 「俺の自由だと言ったな、朝倉。おい、そこの渡橋の偽者。お前もそれで良いんだな?」 一応、少女にも同意を得ておく。彼女は一つ頷いて俺を見た。 「なら――ジユウだ」 俺の見ている前で少女は眼に見えるほどはっきりと息を飲んだ。何を言っているんだお前は、的な反応を予想していたのだがどうやら少女は頭の回転が中々に良いらしい。前後の文脈を読む能力に長けているのかも知れない。どっちでもいいが。 「……それって、名前?」 「ああ。自由(ジユウ)、お前のことはこれからそう呼ぶ。もう考えるのも面倒臭いしな」 話の流れで適当に付けたが、しかし少女は願望実現能力の持ち主であるらしいし割に嵌りの名前かも知れないな。あれ、もしかして俺って名付けのセンスが有るんじゃないのか。おい、誰か採点頼む。 高得点を期待して宇宙人を見やるも、朝倉は基本的に長門と同じで感情の発露というものに薄い。いつもと変わらない微笑を返されようと、それでは点数が分からない。テストの採点を炙り出しでやるようなものだな。残念ながらライタもマッチも持ってはいない。 ならばと偽渡橋改め自由を見れば、彼女は彼女で表情が読み難いのは先ほど言ったとおりだ。薄い唇が小刻みに震えているも、それが喜怒哀楽のどれに当て嵌まるのかなんて分かりゃしない。 佐々木か古泉がこの場に居ればそういうちょっとした仕草からも色々と見抜きそうだが、まあ、無いものねだりをしても仕方ないか。あの二人に自覚の無い時間旅行をさせてしまったのは俺にも原因の一端くらい有りそうだ。 「ちょっと。面倒臭いって……なんなの、それ?」 「いいだろ、別に。俺の勝手だ。それにお前だって俺からなんと呼ばれようが気にしないって言ってたじゃないか」 「それとこれとは……っ、分かったわよ。好きに呼べば、キョン」 なんだか釈然としていないような感じだな。恐らく少女の地雷を踏んだのだろうとはそれくらいは察しが付いたが、それが果たして具体的にどんな爆弾なのかなんて俺に聞くだけ無駄だってのは言わずもがなだ。 「……ふうん、こういう事だったんだ」 何がだ、と。俺が聞くよりも早く朝倉は後方へと吹き飛んでいた。って、なんですと!? 「朝倉っ!?」 真正面でダイナマイトが爆ぜたかの、そんな速度で壁に叩き付けられた宇宙人少女はしかし、その顔に苦悶も苦痛も一切浮かべていない。あの速さで壁にぶつかっておいてそれは有り得ない。ならば情報操作とやらで壁との間にクッションでも創ったか、それとも自分の体を鋼鉄の強度に作り変えたか。素人考えだが、そんな所じゃないかと当たりを付ける。 何にしろ、無事なようで何よりだ。血腥い展開はそれがかつての殺人鬼であっても見るに耐えない。細い神経の持ち主で悪かったな。誰にも迷惑は掛けていないからほっといてくれ。 「そんな情けない声出さないでよ……大丈夫。彼女――自由さんに私をどうにかしようという意思は無いから。ただ、喋り過ぎたみたいね。あーあ、やっぱり長門さんみたいに無口な方が得なのかしら? ねえ、貴女どう思う?」 その問い掛けは俺ではなく自由に向けて。 自由は朝倉向けて右手を掲げていた。その動作が何を意味するのか。依然、壁に張り付けとされている宇宙人が答えだろう。その掌を見れば不自然に半開きだった。あれは……もしかしてあれで朝倉を縛(イマシ)めているのか。なら握り込めば、朝倉は……朝倉はどうなる!? 「口は災いの門って昔から言うのよ、涼子ちゃん。それとね」 俺の危惧通りだった。全く、嫌な予感ばかり当たりやがる。朝倉が小さく痛苦の声を上げ、自由の手が先ほどよりも握り込まれていた。今でははっきりと朝倉の身体に透明かつ巨大な五指が埋まっているのが分かる。 「死人に口無しよ。良かったわね、二つ合わせれば『死人に災い無し』よ。死んでしまえばもう悪い事は無いわ」 「止めろ、自由! いい加減にっ!」 「黙りなさい」 少女は酷薄な声音でもって俺に命令する。だが、そんな命令聞けるか!? 聞ける訳無いだろ! 「ふざけんな! 宇宙人なら殺しても良いとでも思ってんのか!」 すっかり朝倉に二度、三度と殺されかけた事を忘れて俺は自由に向けて駆け出していた。その頬を思いっきり引っ叩いてやる。願望実現能力? 未来人? うるせえ、知ったことか。俺は目の前で誰かが殺されかけてるってのに単純に我慢がならないんだ。 「……え?」 素っ頓狂な声を上げたのは少女だった。歩き近付く俺を驚嘆の眼で見つめてくる。彼女の死んだ眼の中にその時、俺は初めて光を見た。 「なん……で? なんで、キョン、アンタ!」 何が「なんで」だ。知るか。ソイツが何を疑問に思ってるかも、戸惑っているかもそんなモン俺にはまるっとどうでもいい。 「朝倉を、放せ」 人が死んだり殺されたり。そんなのは俺の周りでは許さない。 俺達の世界でそんな狼藉はさせやしない。 『涼宮ハルヒの望んだ事は現実になる』。 なぜならアイツがそんな事を望む訳がないからだ。 だったらそんな事を誰にもさせないように俺は動くぞ。俺の意思で。 「放せって言ってんだ!」 この時の俺は誰が見ても単純明快に……そう、怒っていた。ハルヒを例に出せば理解に易いと思われるが、怒りとはエネルギ源である事に今更誰も疑問を抱くまい。だがしかし、このエネルギはあまり歓迎出来ない類と一般には認識されている。 怒りは御し難くまた決して融通も利かないのだ。 よく言えば一点突破、悪く言えば猪突猛進。それは俺が過去、朝倉に負わされた心的外傷をすっきりさっぱり忘れて彼女を助けに駆けている所からも明らかで、つまり眼を曇らせるものである。火事場の馬鹿力の親戚でエネルギにはなるが、その代償として一時的に周りの見えない、後先考えない馬鹿になってしまう。 何が言いたいかと言えばだ。俺はこの時忘れてしまっていたのだ。 少女――自由が願望実現能力の持ち主であるという事を。 「……ちっ」 自由は一つ舌打ちすると、朝倉を束縛している右手はそのままにフリーな左手を俺に向けて振った。それは纏わり付く鬱陶しい羽虫を振り払うような動作であったが、しかし効果は絶大だった。とても手で巻き起こしたとは思えない烈風が途端に俺を襲い、朝倉がそうであったように後方向けて床から強制的に引き剥がされた体は猛加速を始める。俺の意思などお構い無しに。 後方は壁。 足は宙に浮き、たたらを踏む事も許されない。 この速度じゃ受身も取れそうに無い。 そして俺は宇宙人ではない。 結論、このままでは背中から叩き付けられる。 俺はさっき朝倉がこうなった時に無事で済むはずがないと咄嗟に考えた。それはつまり、今から俺は無事で済まない羽目に陥るってこった。 マジでくたばる二秒前。 いや、死にはしないかもしれない。それにしたって背中からはヤバい。ヤバ過ぎて洒落にも何にもなっちゃいない。未来ってなんだ、希望ってどっちだ。台風に舞う薬局のデカい看板は建物の角にぶつかって拉(ヒシャ)げるのがお決まりのパターン。そんな画に俺の姿が脳裏で重なる。 冗談じゃない。だから――、 だから叫んだ。どうにもならない現実を、どうしようもない現在を、どうなってんだな現状を、どうにかしたい一心で。 「くそったれえええええっっ!!」 一心不乱の喉から出たの世界への恨み言。呪詛だった。けれど、それは「助けてくれ」と何が違うと言うのか。何も違わない。助けてと言わなきゃ助けを求めた事にはならないなんて、そんな事は決して無いのだから。 かくしてSOSに応え、ずっと出待ちを食らっていた我らがヒロインは現れる。 風が、吹いた。 前からの強風(とそれに「煽られる」なんて生易しい表現では足りない「吹き飛ばされ」た勢い)を相殺するように、後ろから俺の体に猛烈なブレーキが掛かる。当然の帰結として俺は前後からサンドイッチの具であってもここまで無体な扱いはされないであろうってな圧力を受ける事になった。 麺棒で薄く引き延ばされているうどん生地の気持ちの半分ほどを理解してしまえそうな状況はさりとて二秒と続かなかったのが不幸中の幸いで、なんとかかんとか空気の檻から解放された俺は強制エアおしくらまんじゅうによって押し潰された肺に一秒でも早く酸素を取り入れようと地面に両肘両膝を着いたままにぜえぜえ喘いだ。 恐らくここまで新しい拷問に掛けられたのは俺が世界で初めてじゃないだろうか。 「た、助かった、のか?」 多分、そうだろう。誰かが俺を助けてくれたのだ。でなければ俺は今頃マンションの壁に背中から激突して意識を強制切り離しの憂き目に遭っていたのは間違いない。そう言い切れる点に自由の本気――容赦の無さを思い知らされる。 「……無事?」 上からなんとなく懐かしい気すらする声が俺の身に降った。一番慣れ親しんだ宇宙人の、安心感すら与えてくれる静かな声が。 顔を半分ほど上げれば見覚えの有る飾り気の無い黒い靴下に覆われた、雪に例えてはどちらが比喩の引用元なのか分からなくなるほど白い足が視界に入る。ああ、これはいつかのデジャヴか。学校指定の内履きで、サインペンで名前が書いてあれば完璧だったんだけどな。流石に校外でそれは無いか。 いや、けれど少女は校外であってもいつも制服ではあるかなどと思い直す。息を整え、立ち上がりながら俺は言った。 「……いつもいつも、助けて貰ってばかりで悪いな」 「……気にしないで」 「気にするさ。今度、何か礼の一つでもさせてくれ」 「……そう」 小さくっても頼れる背中。長門有希はこっちを振り向きもせず、じっと自由と相対したままに一つリクエストをした。 「なら」 「なら?」 「……また、図書館に」 お安い御用だと答える代わりにポンとその頭に手を載せた。きっとこれで伝わっているだろう。そう、「ここ」こそが長門の昔と今の違いなんだと俺なんかは思う訳だ。 チラリと視線を動かせばエレベータの電光表示がいつの間にかアラビア数字の五を表示していた。どうやらそういう事らしい。だから長門がここに居る。まったく、よくやってくれたモンだと感心するね。間一髪だぜ、古泉、佐々木。もう一秒でも遅れていたらと思うとマジでゾッとしない。 「有希、か。そう。キョンの他にもまだ来ていたんだ? 一人じゃ出られないようにしといた筈だし」 朝倉か、もしくは俺に向けての自由の質問はマンションのエントランス内を反響した。 ああ、ちなみに(本意ではないが結果として)戦場と化したエントランスは当初の整然とした佇まいも見る影無く、当たり前だが惨状と化している。荒れ狂う風によって全部屋分の郵便受けはその中身を洗いざらい床にぶちまけ、観葉植物は鉢植えとの合体を解いて見る者の心を和ませるという当初の目的とは真逆の効果を生み出していた。 これ、誰が掃除するんだ? もしかして俺? 「ええ。誰も彼しか来ていないなんて言っていないわよ」 朝倉が凛と澄ました声で言う。張り付け状態はそのままでありながらなぜ、そんなに余裕を持っていられるのか。俺には分からない。辛うじて分かる事は一つ。どの時点で、までは分からないが朝倉は俺と自由に気付かれないタイミングで佐々木と古泉に掛けた時間凍結を解除していたって事だ。 つまり、コイツはコイツで俺の命の恩人って事に……なるのだろうか。いやいや、それはちょいと早とちりな気もするね。気紛れってのも朝倉なら十分に考えられる線だ。うーむ、もしかして自分で気付いていないだけで恩義を感じやすい性格だったりするのだろうか、俺は。 とまあ、こんなどうでもいい事を考えられるくらいに俺は余裕を取り戻していた。それってーのはひとえに長門登場のお陰だ。百万の軍勢に匹敵する頼もしさ。その頼もしさ故に、だからこそなるべく頼らないようにと常日頃から自分を戒めている訳なのだが、しかしながら今日ばっかりは仕方ないだろう。非常識に(物理的な意味でも)押し潰されて危うく死に掛けたし。 「他に誰が来てるの、涼子ちゃん。良ければ教えてくれない?」 「い、や」 語尾にハートマークが付きそうなくらいに可愛らしくかつ意地悪く言う朝倉。自由の右手指が更に角度にして五度ほど曲がり、朝倉の身体に見えざる巨人の五指が食い込む。制服のしわやよれと言った表現では生温いほど不自然な痕跡は、朝倉がどれほどの重圧を受けているのかを何より克明に語る。 それでなんで朝倉は表情を崩さないのか。宇宙人だから? 本当にそれだけなのか? 「だったら、キョン。……有希でもいいわ。私に教えてよ。他に誰が来てるの? ねえ、五秒以内に答えないと涼子ちゃん、潰しちゃうから」 潰す、と。言葉を濁さずに言う少女にはそれがきっと出来る。 自由は俺とは違う。彼女には、殺せる。殺したいってほど積極的ではなくとも、死んじゃってもいいかって程度には少女は十分に病的だ。それは殺されかけた俺が一番身に沁みて理解している。 何も答えなければ朝倉が死んでしまう。それはダメだ。カウントダウンを少女が始めるのと同時に俺は叫んだ。 「五……」 「古泉と、佐々木だ! 他には誰も来ていない!」 少女は最初、渡橋ヤスミを名乗った。その事からSOS団の関係者であるというのはほぼ確定だ。ならば……だが、 「……え? ちょっと、嘘でしょ……?」 だが、だったらこの狼狽はなんだ。古泉と佐々木がこのマンションに来ている事がどうしてそんなに不思議なんだ? そんなに驚くことか? その辺りを聞いてみたかったが、しかし事態はそれを許してくれなかった。 長門がこの場に姿を現してから初めて自由が見せた隙を宇宙製超高性能アンドロイドの目がまさか見逃すはずもない。長門は長門で朝倉を助けてやらなきゃならんって切実な事情が有るだろうしな。 だから突撃というよりは最早それは瞬間移動に近かった。俺は一瞬で長門を見失い、眼球を全速で動かした先、次に見たその少女は小さな掌の先に幾何学模様かアンドロメダ語で出来た魔法陣を携え、自由の斜め後方より奇襲を仕掛けようとしていた。 未来人少女は長い黒髪を振り乱して接近する長門に対応しようとするもその振り返りはどう見たって間に合わない。そもそも、超高速で迫り来る攻撃に気付けただけでも人間としちゃ規格外だと言い切ってしまえる常識外れな反射神経だってのに。さらに対応、迎撃を行おうなんて高望みが過ぎる。 そんな事は無理だ。出来ない。不可能だ。けれど、 けれど、俺は不可能を可能にする方法を――力を知っている。そしてそれを自由が持っている事も。彼女の辞書に「不可能」は無い。 願望実現能力とは、絶対だ。 絶対とは絶対。絶体絶命の危機にあってすらそれがジェットコースタと大差無い、多少スリル感を煽るスパイスにしか成り得ないという、そういう意味だ。それを目の前で起こっている出来事に置換するとどうなるか。俺の網膜に映るものがその答えだろう。 自由は長門の奇襲に対して迎撃を試みた――が、現実的にどう足掻いてもその動きは間に合わない。ならば、どうする? 答えは簡単。単純にして明解。振り返るだけの時間を彼女が「望め」ばそれでいい。……そうだ。こうして俺が長門と自由の闘争に関してごちゃごちゃと的外れかも分からない解説をしていられるのは単(ヒトエ)に「時間」が理由。 時間の流れをどうこうするってのは宇宙人だけの特権では無いらしい。 脳味噌の動きに体の方は少しも追いついちゃいなかった。宙を舞う長門のスカートのはためきはコマ送りで、俺の眼球移動は亀の歩みもここまでではあるまいって鈍さ。そんな世界が大声上げて教えてくれることは一つ。 一秒が一分にも三分にも感じられた。まるで今わの際。走馬灯みたいな――時間圧縮(クロノステイシス)。 そしてまた、今、この瞬間にスローモーションと化しているのはどうやら俺だけではないらしい。 長門の瞳の奥に驚愕の色が僅かばかり見え隠れしている事から、俺はこう推察する――恐らくは世界規模、いや、宇宙規模でこの現象は発動しているのではないか、と。 もしも俺の推理通りならば、それはまったく冗談じゃない。 いや、逆か。 冗談にしては笑えない。 時間が足りない、だから時間を引き延ばす。物理法則も常識もまるっとゴミ箱にドラッグアンドドロップしてなきゃ出来ない発想だ。少なくとも俺には無理だろう。 ああ、言うまでも無いだろうが、この停滞する時間の中で一人だけ動きにスローが掛かっていない女が居た。 事態の張本人、自由だ。一人だけこの時間の牢獄から解き放たれて……いやいや、この表現もまた逆なのだろう。自分以外他の全てを時間の牢獄にぶち込んだ、というのが恐らく正しい。 彼女は左足を軸にして、まるでここがスケートリンクででもあるかのようにスピンしながら宇宙人に向き直った。掲げられスラリと伸びた少女の右足はやけに眩しく、一拍遅れで彼女の回転に追随する。あの右足がこのままの軌道で美しい弧を描くとどうなるのか。コンマ三秒後の未来予想図を察知はしても、それを伝える暇すら俺には与えられなかった。 何も出来ない俺の見ている目の前でベクトル違わず、少女による迎撃――裏回しかかと蹴りは長門のこめかみを直撃。そして、それが合図であったかのようにようやく俺たちのスローモーションは解かれた。 「長門!!」 叫んで、壁に凭れ掛かったまま動かない少女に駆け寄ろうとしたがそれも二の足を踏まされる。俺と長門の丁度対角線上に自由が居たからだ。ああ、それがどうしたって話だよな。俺だってそう思うさ。アイツが居たからなんだってんだ。 だってのに……足が地面に引っ付いたように動かないのは、これは不可思議な力が働いてる訳じゃ決してない。 は、なんてこった。おいおい、俺はこんな臆病者だったっけ? ――くそっ、動けよ足! 動け!! 靴の爪先を床で少し傷めながらやっとの事で神経回路を繋いだ右足が前に出る。そうだ、ここで前に踏み出せないようなら、友達に駆け寄ることすら出来ないようなヤツには生きている価値すらない。そんなん死んじまった方が幾分マシだ! こちとら恥ずかしくない自分でいたいと決めたばかりだ。 「長門ぉっ!!」 願望実現能力を持つ少女を回り込むように長門に向けて走り出す。体の軸を重力に対して三十度傾けて転倒ギリギリのドリフト走行。しかし、そこは当然と少女が俺と長門の間に入り込んだ。これじゃ足を止めざるを得ない。 「邪魔だ、自由!」 「何、怒鳴ってんのよ、キョン。はあ……アンタ、自分の置かれた状況ちゃんと理解出来てないんじゃないの?」 少女はわざとらしく首をぐるりと一回転。そして俺を視線で射抜き、ニヤリと笑った。――泣きそうな顔で、けれどニヤリと。 「チェックメイトよ」 王手。つまり、俺を守るものは何一つ無いと……それは事実上の死刑宣告。朝倉はいまだに見えない拘束で締め上げられているし、蹴り飛ばされた長門は長門で起きあがる気配も無い。チクショウ、願望実現能力ってのはここまで圧倒的なシロモノなのかよ? 「俺を……殺すのか?」 自由は何も言わない。だが、否定しないってそれだけで俺には色々と十分過ぎた。 「なんでだよ、なんで見ず知らずの女子に俺が殺されなきゃならないんだ。理由ぐらい聞かせてくれてもいいだろう」 世の中の不条理はハルヒと共に行動するようになってから嫌と言うほど骨身に叩き込まれた俺ではあるが、だからと言って不条理を当然と許容出来るほどに俺の心は老成も完成もしていない。っていうか、俺の年頃にそんなものを求めるのがそもそも酷だとは思わないか? もしもこのまま納得のいく回答を与えられぬままに願望実現能力の餌食になってしまったら……いいか、俺は暴れるぞ。 毎晩枕元に立っては恨み言を夜中いっぱい呟き続けて慢性的な睡眠不足にしてやろうじゃないか。今でさえ目立つ自由の目の下の隈が更に強調されてみろ。新種のパンダと間違えられて果ては上野動物園からスカウトマンだって現れるだろうよ。 ……まあ、何を言われようとも被害者側が犯行動機に納得するとは俺には到底思えないのではあるが。 「知る必要は無いわ、キョン」 「こういうのは必要とか不要とか、そんなんじゃない事くらい分からんのか、お前は?」 「一理有るわね。だったら、こんなのはどう? 天秤よ。アンタの命の反対側には世界が載っている。私は世界を愛している。だから、世界の為にアンタを殺す」 人の命は地球より重いといつかの誰かは言ったそうだ。含蓄の有る良い言葉だとは俺も思うが、しかしそれはどこまで行っても理想論でしかない。現実的に考えて地球より重い命など有るはずがないからな。考えてもみろ、その奇跡の青い星には云十億の人命が積載されているんだぜ。以上、一人の命じゃ地球が釣り合う事すら有りはしない。数学的にも、そしてまた道徳的にもそうだ。 子供だって分かる理屈。ワンフォアオールではない、ワン<オール。全ては一人のためには存在しない。 けれども――まあ、考えた事すら無かったから仕方ないと言えばそうなのだが、その一人の命ってのが自分自身のものと来た日にはそんな当然の数式すら飲み下し難いのが実状だ。っていうか、俺はいつの間にそんな、人類の存亡やら星の未来やらを左右する超ブイアイピーになってしまっていたのだろうか。 こればっかりは本当に首を捻るばかり。 「理解した? 納得した?」 「いいや、ちっとも。今殺されたら末代まで祟ってやるからな。長門にどうしようもないようなヤツにとって俺をどうこうするのは、それこそ朝飯前だとは思うが俺だって只では死なん。考え直すなら今の内だぞ、未来人」 「末代、ね。そんなの何の脅しにもならないわ。出来の悪いジョークでしかないもの」 自由はそう言うと俺に背を向けた。彼女の視線の先に居るのは糸の切れた人形のような長門。その首は項垂れたままだ。まだ意識は戻らないのか、それとも願望実現能力とやらで意識を切り離されているのか。 ただ一つ言えるのは長門はもう戦えそうにないという事実。 唐突に、未来人にして全てを好きにしてしまえる少女が寂しげにポツリと呟いた。 「はあ。……ねえ、二人掛かりならなんとかなると思った?」 一瞬、自由が何を言っているのか分からなかった。二人という単語が朝倉と長門の事を指すのだと、そう気付いた時にはもう既に遅く。制止の声を上げる事さえ叶わなかった俺が次の瞬間に見たものは――罅の入ったタイル地の壁面だけだった。 あまりの事態に脳が付いていかない。何が起きた? 長門は? 長門はどこへ行った? 朝倉は? 朝倉はどこへ消えた? 「……えっ?」 視線の先に倒れ込んでいたはずの宇宙人少女と、俺から見て右手四十五度前方で拘束されていた宇宙人少女は――神隠しに遭ったようだった。そう言う他にちょっと適当な表現が思い付かない。あっと言う間すら与えられずに目前で消えるような事態を他に俺は何と言えばいい? テレポーテーション? 「まったく、宇宙人っていうのは油断も隙も無いわね」 「何しやがった、テメエ!」 「はあ、ヤだヤだ。煩いから一々叫ばないで」 自由は右手で自分の髪を梳きながら、心底どうでも良さそうに言葉を続ける。 「別に私が直接何かした訳じゃないわよ。有希も涼子ちゃんもやけに大人しいなとはさっきから思ってたんだけど……思ってたほどの手応えもまるで無いし? これは何か企んでると思ったら、まあ予想通り。二人して隠れてブツブツ呪文みたいなのを唱えていたから『あーあ、鬱陶しいなあ』ってさ。こう思っただけ。思っただけなのよ。分かる? それで……それだけでいいの、願望実現能力ってモノは」 ああ、確かに自由の言う通りだ。 願望実現能力。 その力は引き金が軽過ぎる。散々、ハルヒに振り回された俺が誰よりも理解しているとも。その唯一の安全装置は古泉曰く常識ってヤツになるのだが、それをハルヒ以上に望めないのが目前の少女だと俺はここまでのやり取りで概ね理解していた。 「有希と涼子ちゃんがどうなったのかは私にも分からない。でも、少なからず『どうか』なっちゃってるでしょうね」 そんな物騒な事をあっけらかんと言い放つ目前の少女に今更ながら、朝倉に感じるものと良く似た怖気が込み上げてくる。 なんなんだ。 一体なんなんだ、コイツは。 消えた……つまり、最悪二人は死んじまったかも知れないってのに、事実のみを機械的に抑揚なく話す姿は本当に人間のそれなのか。自由は長門と朝倉をファーストネームで呼んでいた。って事はそれなりに交流は有ったはずだろう!? なのに、こんなのって。 「長門っ……朝倉っ!!」 瞬間移動による退場処分程度で有ってくれ。そう祈るように名前を呼んだ俺の背中に、 「……何?」 たった今失ったはずの三点リーダが降った。 16,SOS団主義 おい、大事が無かったとは言え出てくるの早過ぎやしないか。 安堵も有るが、それにしたってこうも引っ張らないようでは肩透かし感は否めない。今さっき、俺がチラリとでも覚えた憤慨をどこにぶつければいいのか。俺に名前を呼ばれて出て来たコイツが悪い訳では決してない。ないがしかし、振り向いて声の主、長門有希の頼もしい立ち姿を見る俺の目はきっと恨みがましいものになっていたんじゃないだろうか。手鏡なんて持っちゃいないが、それくらいは想像に容易い。 「有希?」 「はあ……ま、元気そうで何よりだ、長門」 俺の見る限り傷一つ負っていない宇宙人少女の視線は、彼女に声を掛けた俺を一瞥もしなかった。長門の意識はずっと神様少女マーク2に注がれている。絶対零度に肉薄するやも知れない少女の遠慮の無い注視を正面から受け止め続ける、自由も相当肝が据わっているな。 俺なら五秒と持たず眼を逸らす自信が有る。氷漬けはゴメンだ。 「ねえ、どういう事?」 「……質問の意図する所を明確にするべき。でなければわたしにも回答は困難」 「なぜ有希がここにいるの、って聞いてるのよ」 「……わたしはずっとここにいた。どこにも行っていない」 ここにいた――ずっと? そんな馬鹿な。俺はこの眼で長門が自由によって消された瞬間を見ている。だが、それを長門は明確に否定した。狐に化かされたようなってのは正にこの事だ。宇宙人とそれ以外の間、認識に齟齬が生じてるのは違いない。 「何よ、それ。意味分かんない」 ほらな。やっぱりだ。 願望実現能力の持ち主ですら状況が把握出来ていないってのに何の力も持たない一般人代表にそれを求めるのは少々酷ってモンだろう。毎度毎度の事ながら、事件ってヤツはちっとも俺に気を使ってはくれはしない。探偵ものの二時間ドラマを三十倍速で見せられている気分だぜ。 しかし、少なくとも長門有希の「人となり」を俺は知っている。つまりそれは、コイツは先ほどから嘘だけは吐いていないという意味だ。 「嘘よ嘘よ嘘よ」 自由はそう言うが、俺は確信している。嘘を吐けるような器用さを、小狡さを、俺の長門は持ち合わせてはいない。 「さっき、確かに手応えは有ったもの。『有希は』『どこかに』『跳ばした』。私の願望なのだから、そうね、どっか行っちゃえってあの時の私は思ったのよ。だったら、そう簡単には戻って来れない場所のはず。なのに、有希はここにいる。何をしたの? どうやったの?」 「何もしていない」 自由の問いにこれ以上ないってほどシンプルかつストレートな回答を返す長門。シンプルってのは基本的に褒め言葉だと俺は思うが、しかし何事も時と場合であり、推理小説が推理パートを端折っては最早文学としての体を成さない。そんなことくらいは宇宙的文学少女にも分かって貰えていると思っていたのだが。どうやら長門は生粋の読者であり、書く方には絶望的に向いてないようだ。 それとも、もしかして探偵役を俺に要求しているのだろうか。いやいや、流石にそれはあるまい。ミスキャストだ。フランス映画のヒロインにアル・カポネを持ってくるような斬新さだぜ。 俺はふうと息を吐いた。安堵と困惑の絶妙なブレンドで。 「長門、一つ聞かせてくれ。……お前一人か? えっと、つまり――一緒に消えた朝倉はどこへ行った?」 一応言っておくと朝倉を心配している訳ではない。そもそも俺なんかが心配するような対象でも無い訳だが、それにしたってその動向は気になった。二人で神隠しに遭っておきながらどうして長門だけがひょっこり帰ってきているのか。 いや、長門の言を鵜呑みにするならば、そもそもコイツは神隠しに遭ってすらいない。 自由じゃないが、そいつは一体どうした事かと俺が疑問に思うのもむべなるかな。長門無傷の秘密、もしかしたらそれは願望実現能力の傍若無人、絶対無敵っぷりに対する唯一の切り札となるのかも知れない。そうだろう? さて、朝倉の現在地を問われた長門は何も無い中空を、まるでウチのシャミセンのようにぼうっと見つめ始めた。ああ、これは母星との交信が始まったなと俺は即座に理解する。そして、それは裏を返せば朝倉との直接交信が現在コイツには出来なくなっているって事に相違あるまい。 やはり朝倉は自由によって強制テレポートさせられているのだ。 「――確認した。朝倉涼子は既知宇宙に存在している。健在。現在この星からの距離を測定中」 「星!? ……ああ、いや、距離までは要らん。聞いても多分、俺にはどうしようもないしな」 ロケットでも組み立てて迎えに行けってか? 宇宙飛行士が夢だったのは幼稚園の年中さんまでだ。今の夢は――と、こんな事語ってる場合じゃない。 「……そう」 「とにかく、遠くにいるんだな。」 それも恐らく光年単位。改めて願望実現能力ってヤツの万能感、そしてスケールの大きさを体感せずにはいられない。 「……そう」 「って事は朝倉には自由の願望実現能力は通用した訳だ」 「……そう」 長門は言うも、ここで今日一番のクエスチョンだ。俺と自由の共通の疑問。 「なら、なんでお前には利かなかったんだ?」 俺の中で「もしかしたら」は仮想構築されていた。前例も有ったからな。いや、「前科」と。もしかしたらこう呼ぶべきなのかも分からない。ただ、俺はそれを罪だとは思っちゃいないし、どっちかと言や子供の駄々に近しいものだと思っている。 去年の冬。丁度今の時期、クリスマス前。パラレルワールド、漂流する俺、眼鏡を掛けた長門有希。 『長門さん達の情報操作能力をゲストアカウントとすれば涼宮さんの願望実現能力はアドミニストレータ権限に相当するでしょう』。 『だったら去年の十二月の一件はパスワード漏洩、もしくはハッキングだな』。 『覚えているかしら、昨年の丁度今頃。長門さんが大規模な世界改変を行ったでしょう? 今の長門さんもあの時と同じくらい、いいえ、それ以上のエラーデータを蓄積させているの。いつ、何を起こしてもちっともおかしくないわ』。 悪い予感には事欠かないこの身が歯痒い。チクショウ、あんな事は二度とゴメンだぞ、長門。 「違う。認識に齟齬が発生している。わたしは彼女の力の対象となっていない」 「いや、それって?」 それってつまり――つまり、どういうことだ? ううむ……ダメだ、分からん。早々に推理を放り出した俺とは逆に、死んだ眼をした少女は何かに思い当たったように顔を上げた。 「もしかして、有希……じゃない? いえ……でも、いつ……」 は? 長門じゃない? 何を言っているんだ、自由は。 俺は長門が消える場面をしっかり目撃した。だから、それはない。あれは確かに長門だった。 ……いや、でも。 決め付けるな。 本当に、アレは長門だったのか? 改めて記憶の玩具箱をひっくり返す。そして思い至った。 入れ替わり、双子の姉妹ってのはミステリにおける古典トリックだが。 古典過ぎて現代でやってしまえば色んな方面から怒られそうなレベルであり、それはトリックとしても成立しないくらいに広く手法が知れ渡ってしまっている。しかし、だからこそ「それは無い」って思い込みは死角と盲点を産む。それが使い古されている事なんてきっと宇宙人は知らないから、使用に躊躇なんて無かっただろう。 そして、長門有希は古典を好む。……だとしたら、 「長門、教えてくれ」 「何?」 「喜緑さんはどこにいる?」 双子の姉妹。どちらが姉でどちらが妹かなんて知らないが。 「……確認した。彼女は今」 長門が俺の問い掛けに対して母船との交信を始めた事で確信した。 「朝倉涼子と共に居る」 自由の眼が見開かれる。信じられない、と。その表情は雄弁に語っていた。 「私がテレポートさせたのは有希じゃなくて喜緑絵美里……ってこと?」 「……そう。わたしではない」 「そんな……いつ……?」 神様少女の動揺は声の震えとなって隠し切れずに現れた。 ……おいおい、それにしたって震え過ぎじゃないのか。 それはそこまで驚く事だろうか。自由は長門や朝倉、喜緑さんが宇宙人である事を知っている。であるならば、彼女達が常識で量ってはいけない相手だって、それくらいは常識として理解しているはずではないか。メタモルフォーゼを利用した入れ替えトリックくらい、そんなモンが今更なんだってんだ。 そうだ、そんな事は驚愕に値しない。だとしたら少女が驚いているのはきっと別の理由。なんとなく俺にもそれは理解出来た。 少女は願望実現能力の持ち主である。ならば――、 思い通りになっていない今が、自由にとっては驚きなのだろう。 世界は今まで彼女の思い通りだった。望み通りだった。それが当たり前で、世界とはそういうものだと今の今まで少女は理解していたのだ。だから、初めての経験に彼女は戸惑っている。動揺している。それは――それはなんて――、 「お前、俺たちに助けて貰いたいんじゃないのか?」 俺の口からポロリと零れた言葉は、いや、何を言ってんだ、俺。 ソイツは敵だぞ。俺を殺そうとまでしやがった。長門が間に合わなかったら俺はきっと死んでいたに違いないってのに。だから無いよ、無い無い、それは無い。 だってのに。 「……無理よ」 自由は助けを求めている事、それ自体を否定しなかった。深い隈に縁取られた眼は心なしか赤く潤んでいるように俺には見える。殺意を抱く手と逆の、手は足掻いている。助けを欲している。願いはなんでも叶うはずの少女が、それ以上に何を必要とするのかとは思う。 けれど、確かに。そこに紛れも無い「SOS」を俺は見た。 「もう、どうにもならない。だから無かった事にするのよ、私は」 血を吐くように未来人は言う。 「それが唯一の方法だから」 何を言っているのか、正直俺には分からない。この自由と名付けた少女が何を見て、何を知って、そしてどのような過程でもって俺を殺すという結論に至ったのかを俺は知らない。しかし、それが苦渋の決断であった事くらいはどうにかこうにか俺にも理解出来た。 長門はその辺りの事情を知っているのだろうか? 何を言い出そうか、問い質そうかも判然としないながらもとりあえず動かした声帯がはっきりとした震えになるよりも早く、後ろから声が聞こえたので俺は心底驚いた。 「おやおや、何やら話が込み合っているようですね」 「のわっ!?」 心臓に悪い登場をしたのは自称エスパー少年だ。首をぐるりと動かせば階段の方から歩いてくるのが見て取れた。どうやら下りにエレベータは使ってこなかったらしい。微苦笑気味ないつもの表情を張り付けて、ロビーホールの惨状も気にする様子はない。 ドイツもコイツも胆の据わり方が常識外れている。 「失礼、驚かせてしまいましたか。それにしても、派手にやりましたね。まるで強盗に遭った家屋の様相ですよ」 「俺がやったんじゃない」 「別に、貴方を責めているつもりはありません。何があったかは知りませんが、貴方に大事無さそうで僕としては一安心です。これで何か遭っては『お前が付いていながらどういう事だ』と上の人たちから散々にお叱りを受けるでしょうから」 言いながら古泉は俺に隣に並んだ。 「始末書ものですよ」 死に掛けた事を新川さんにでも告げ口したら、この優男に一泡吹かせてやれるだろうか。 だが、俺としてはそんなモンよりも危険手当の方がよっぽど欲しい訳で。今回の一件も然るべき場所に願い出れば小さな家が買えるくらいの金額を貰えるんじゃないだろうか。人命ってのはそこまで安くないはずだと俺は頑なに信じている。 ただ、問題が有るとすれば俺にはその「願い出る然るべき場所」ってのにとんと心当たりが無い事か。 おいおい、今回も骨折り損で間違いないってかい? 「古泉……一樹」 自由は絞り出すように口にする。憎々しい、と言うよりは出来れば会いたくなかったってな声音だな。どうやら俺や長門ばかりでなく、彼女は古泉とも何らかの関係が有るらしい。いや、ここまで来れば恐らくSOS団全員の関係者と見てほぼ間違いあるまい。 どうやら古泉も同じような事を考えたらしい。 「ふむ、自己紹介をする必要は……無さそうですね」 最初からそんなモンするつもりも無かっただろうに、いけしゃあしゃあと。それとも何か? 息をするように嘘を吐くのは超能力に目覚める上で必須スキルだったりするのかね。詐欺師か役者、もしくは政治家ってんならそれも分かる話だが。 「さて、貴女は僕の事を知っているようですが、しかしながら僕の方は貴女の事をまるで存じ上げません。ただし……これは恐らく『今はまだ』ではないのかと推測しますが」 微笑を崩す事無く自由に向かってそう言った古泉は眼の端で一度だけ、チラリと隣に立つ俺を見た。 おい何だ、今の意味有りげな視線は。何かのアイコンタクトだったりするのなら、せめて試合前にサインの打ち合わせくらいしておいてくれないと困るんだが。 「何? 自己紹介でもしろって言うの、古泉さん?」 「いえ、そのような事は強いていません。それに――ふふっ、古泉『さん』ですか。今のでやり取りでおおよその見当は付きました。貴女の自己紹介は、これは多分必要ないでしょう」 「「え?」」 俺と自由の声が重なる。古泉は何をそんなに驚く事が有るのかと肩を竦めて見せた。 「そうですね……僕の予想が正しければ貴女は彼に対して『渡橋』とでも名乗られたのではありませんか? どうでしょう? もし、この予想が当たっていれば僕としてはもう貴女には何の質問も有りませんよ。こっちに残っているのは回答を得られない類でしょうし……ね」 「……なん、だって」 隣に佇むその男はそんな事を事も無げに言うが――正直意味が分からない。なんだよ、これ。どうなってんだ。 確かに古泉の言う通り。少女の名乗った偽名は渡橋。だけど、それをコイツが言い当てるのは無理に決まっている。それもそのはず、少女が俺に対して名乗った時、古泉はエレベータの中で時間ごと凍結されていた。つまり、古泉はその事を知り得ない。 でありながら。 千里眼? 地獄耳? おいおいお前、いつの間にそんな超能力者みたいな事が出来るようになったんだ? 「いえ、そう難しい事でも無いでしょう。ちょっとした推理、関連付けの結果でしか有りません」 ヒントは十分に出されていたと、探偵役は言うもこっちは早く解決編をやってくれってな気持ちでいっぱいだ。だがしかし、解決編は披露されなかった。 「古泉一樹、貴方はそれ以上喋るべきではない」 遮ったのは長門だ。 「それは彼が自分で気付かなければ意味の無い事。ここで貴方が彼女の事を話した場合、高確率で」 「世界改変が行われる。そうですね、長門さん。そして――渡橋さん。貴女にはそれを行う用意が有る」 「そう」 長門が小さく頷く。俺たちと対峙する偽渡橋、自由は答えない。こっちはただ、沈黙を貫いた。けれどその顔には。 第一印象、俺は少女に「無表情」という感想を抱いた。しかし今はその事実が嘘のように眼には星雲が煌いていた。まるで誰かさんのように。 俺はこの眼を知っている……気がした。きっと気のせいじゃない。 「仕方がありません。ここではこれくらいにしておきましょうか。そうしないと後が怖そうだ」 「おい、古泉!?」 訳知り顔の俺以外、お前ら三人はそれでいいかも知れないけどな。こっちは消化不良で胃もたれも良い所だ。このままじゃ夕飯も入らん。断固として説明を要求するぞ。 結果、危惧の通りに世界が変わろうがそんなのは知った事か。それくらいで変わっちまうようなら最初からその程度のモノだったって諦めも付くだろうよ。少なくとも俺はな。 「そう言われましても……長門さん?」 微苦笑気味の古泉が持ち出した疑問符は質疑応答の許可を求めていると見て間違いあるまい。 「……少しだけなら」 「ありがとうございます。では、差し障りの無い範囲で、彼にヒントを」 説明ではなくヒントって辺りがどうにも腑に落ちない感じだったが、それにしたって無いよりはマシだ。ノーヒントのクイズ番組なんて昨今はとんと見かけない。それが何故かって言ったら流行らないからで。 つまり、俺は凡人(ワトソン)だって事なんだ。 「いいですか、よく聞いて下さい」 古泉は自由から俺に向き直ると一息に言った。 「彼女には願望を実現する能力が有る」 ――は? 今、古泉は何て言った? 自由には願望実現能力が有る? 何を言っているんだ、コイツは? 今更……ああ、今更過ぎる。そんなのはちっともヒントになっちゃいない。そうだろ? お前だってここに来る前に言っていたじゃないか、願望実現能力の持ち主を相手にしなければならないかも知れない、と。俺なんかはこの身で文字通り体感したってのに。 ……いや、違う。 古泉が聡いヤツだってのを忌々しいが、しかしそれでも俺は知っている。それは未来人が危険視する程で、現代人の内でも頭抜けて非常識方面でクレバーなのは疑いようもない。そんな男が既知の内容の重複でたった一度のチャンスをふいにするだろうかという疑問。もしもこれがミスではなく、れっきとしたヒントであったのだとしたら果たしてどのように考えられるだろうか。 古文における二重否定は肯定で。でもって、既知の内容の繰り返しは強調だったか。――強調。それは願望実現能力を自由が持っている事をもっと深く考えろって意味だろう。でも――、けど――、 何かが、違う。何かを、勘違いしている。何かが、引っ掛かる。 「願望を……実現する」 口にして反芻する俺を見てニヤリと古泉が笑う。その笑みの意味する所は分からない。だが、気付いた事は有る。些細な事だ。つい見逃し、いや、聞き逃しちまいそうな人によっちゃ心底どーっでもいい事なんだが。 きっと自由にはどうでもいい事。けれど俺には意味の有る事。そういうヒントじゃないと、この場では通らない。それを加味してこれから出す問いに答えろ、俺。 なぜ、古泉は「願望実現能力」を「願望を実現する能力」と一々文節を切って表現した? たまたま? 偶然? いいや、違うね。 なぜならば――、 なぜならば俺はこれと全く同じフレーズを、一言一句違わぬその台詞回しをどこかで聞いた事が有るからだ。 そして、それがこの場合の他ならぬ「ヒント」なのだろう。渡橋ヤスミ。その名前の意味する所は半年以上前に種明かしが済んでいる。ならば、コイツは――。 俺が深い深い思索の深遠への素潜り世界新記録に挑もうとした丁度その矢先、出鼻を挫くようにポニーテールの少女がそれまでずっと引き絞っていた口元の横一文字を解(ホド)いた。 「古泉さん、その口振りだと私の目的にも凡(オオヨ)そ察しが付いているんじゃないの?」 いやいや、そんなものは似非超能力者に聞くまでもないだろう。未来少女、自由の目的は俺を殺す事だ。つい数分前に茶目っ気の欠片も無い、正真正銘必殺の一撃を浴びせられた俺が言うんだからそこんトコは間違いない。 目的達成のための手段であるのかも知れないな。しかし、そんな事をした所で何がどうなるのか俺にはとんと理解出来ない訳だが。殺された後の想像なんて精神衛生上よろしいと思えないことは謹んで辞退させて頂こうじゃないか。 具体的な内容はさて置き、SOS団の団員を殺せばそれを受け入れられないハルヒの力で世界が変わっちまう、ってーのは十分に有り得る線か。 「ええ。『世界改変』ですね」 古泉もどうやら俺と同じ考えらしい。が、その超能力者に向けて自由は言い放つ。 「そこまで分かっているなら話は早いわ。だったら古泉さん、この一件にどうか関わらないで貰えますか?」 そんな要求を古泉が飲めるはずはない。超能力者達は世界改変ってのを起こさないのを主目的としているのを俺は知っている。つまり、自由の要求は古泉曰くの「機関」なる集団の存在理由に真っ向から衝突するものである。そのはずだ。 なら、機関の構成員としての古泉が職務規定に基づき自由の要求を拒むのは分かり切った展開ってヤツで。 「お願い、ですか。そんな事をせずとも貴女ならば僕を有無を言わさず従わせる事すら出来ると思うのですけれど。倫理的にそのような行為がお嫌いならば地球の反対側へ僕を強制テレポートさせるなり、そもそも十二月二十五日以降の時間まで時間旅行をさせてしまえばよろしいのでは?」 確かに優男の言う通りだった。その方が手っ取り早く、また後腐れも無い。いや、そもそものこの古泉と自由の問答からしてオカしい話だ。 だって、自由は願望実現能力の持ち主なんだぜ? 「十二月二十四日に世界は私の手によって改変される。もし、古泉さんを二十五日以降まで飛ばすと少なからず平行時間軸との間に衝突摩擦(コンフリクト)が起こるだろうけど、それでも良い? 最悪、時間旅行者ではなく、時間難民になってしまうわよ」 「僕の身を気遣ってくれているのですか。お優しいですね、渡橋さん。では、海外旅行ではどうです?」 「それもどうかしら。私は人を意識的にテレポートさせた事なんてないから、安全な旅行になる保証はどこにもないの。……ねえ、分かっているんでしょう、私に古泉さんへ危害を加える意思が無い事くらい」 そうなんだ、もしも少女が古泉へ何らかのアクションを起こすことにまるで躊躇いを持っていなかったとしたら、エスパー少年は願望実現能力者の言う通りに即座に事件への関わりを断ったことだろう。どころか、この場に現れることが出来たかどうかからすら最早怪しい。それくらい圧倒的な力が願望実現能力と呼ばれるものである――なんてのは、これは今更俺が説明するまでもないか。 「そのようですね。分かりました」 隣で嘆息しているところ悪いんだが、何が分かったってんだ? なんか嫌な予感がするぞ、俺は。 「貴女の言う通りにしますよ。この一件――今回の一件に僕こと古泉一樹は関わらない事をここにお約束します。確かに、僕の出る幕は無さそうです」 「おいコラ、古泉!」 これが叫ばずにいられようか。 「何考えていやがる! 職務怠慢でお前の上司に訴えるぞ!」 「いえ、そのような事を貴方が態々なさらなくとも事の次第は僕から機関に報告しておきますので」 そういう事を言っているんじゃない! ってのに、頭がオカしくなってしまったんじゃないだろうかと疑わしい超能力者を擁護するヤツまで出て来る始末。 「古泉一樹の選択は正しい」 長門、お前まで何を言ってやがるんだ。くそっ、願望実現能力が遅ればせながら長門と古泉に作用したってのか!? 「違う」「違います」 どうだか。声を合わせて否定するであるとか、益々俺の疑惑は深まるばかりだ。 「貴方にはどう言えば分かって貰えますかね……昨年の五月、まだ覚えていますか?」 今年ではなく、か。高校入学早々って辺りだな。よく覚えているとも。ハルヒに出会い、そしてコイツらに出会った奇跡の詰まった一ヶ月だからな。そう易々と忘れられそうに無い。俺が頷くと、古泉は満足そうに鼻を鳴らした。 「あの時と同じです。宇宙人も、未来人も、そして僕も。基本的にはオブザーバーという位置取りなんでしょう。世界の命運を決めるような大それた事は僕には荷が勝ち過ぎるのですね」 苦笑気味に少年はそう言った。負け惜しみのようにもそれは聞こえなくは無い。同年代でありながらこうも悟った表情を出来るのは古泉一樹の面目躍如ってトコだろうか。つくづくコイツは一挙手一投足が演技掛かっている。 「ヒーローは貴方です、今回も」 その様子は余りにもいつも通りで、願望実現能力によって無理矢理に意見を捻じ曲げられたものには見えなかった。 そしてそれは古泉だけではなく、長門も同様だ。 何も言わないまでも、俺を真っ直ぐに見つめる液体ヘリウムで満たされたその瞳は雄弁に古泉を肯定していた。 「古泉さん、悪いけれど世界の命運はもう決まっているわ」 「いいえ」 自由に向けて少年は不敵に微笑む。 「いつだって未来は白紙ですよ。ね、長門さん?」 古泉の問い掛けに未来視を止めた宇宙人はほんの三ミリほどの首肯を返した。 未来から来た少女相手に「未来は白紙だ」と言い切るその皮肉っぷり。見習う気は無いまでも、少女の機嫌を損ねれば冗談でなく時空難民になってしまうこの状況下、よくそんな台詞が吐けたモンだぜ。しかも微笑を崩さずに。 そんな綱渡り野郎に手を引かれるように、俺の心は少しづつ冷静さと余裕を取り戻してきていた。そういえば佐々木は今どうしてんだ、って疑問を抱けるくらいには。 「彼女なら私の部屋に居る」 「ああ、そうでした。佐々木さんを待たせていましたね。こんな所で立ち話もなんですし」 確かに、この惨憺たる状況の玄関は話をする場としちゃ論外なのは認めるが。しかし、その先はお前が言う事じゃないだろ、古泉よ。向かう先はこれはもう一つしかないが、それにしたって家主に一言くらい断りを入れたらどうなんだ。 と、その長門にコートの裾を掴まれた。どうした? 「古泉一樹」 「はい、なんでしょう?」 「彼女を連れて先に私の部屋へ」 長門は小首を上げて俺を見上げる。何か言いたい事が有る、ってーのは長門表情権威学専門の俺だからこそ理解出来たと自惚れたって良いかもな。 「私は少し、彼に伝えなければならない事が有る」 「かしこまりました。では、渡橋さん行きましょうか。晩御飯を佐々木さんが用意してくれているそうです。ご飯、まだですよね?」 場違いににこやかそのものの古泉はエレベータに乗り、自由向けて目配せをする。その様子に何か言いたそうな神様少女は、しかして口を引き結んで何を言う事も無く古泉に追従してエレベータに乗り込んだ。 金属製の扉が何事も無く俺の視界から二人を覆い隠し切ったその瞬間、俺はその場に崩れ落ちて大きな、とても大きな溜息を吐いちまった。肺活量を測定している時分でないのが悔やまれる。世界記録にだって挑戦出来たかも分からんぞ。 なんなんだ、アイツは。全く訳が分からない。得体の知れないっぷりで言ったら古今トップクラスだ。 渡橋ヤスミを自称して、俺を殺そうとして、で挙句の果てに古泉と長門からどこか身内判定されている節すら有る。いや、朝比奈さん(小さい方な)とも昼間は一緒に居たからSOS団不思議班公認なのか? じゃ、なんで俺を殺そうとしやがるんだと。そんな相手となんでフレンドリーなんだと。疑問はぐるぐる回って一向に出口が見えない。 まるで闇を手探りで進んでいるトマス・ソーヤーだ。ま、俺には勇敢さも無ければ右手で引くガールフレンドも居やしないが。 洞窟で俺が捜し求めるべき光はきっと、古泉が言ったあの一言に集約されるのだろうとは、それは流石に当たりが付いている。 彼女には願望を実現する能力が有る。 だが、そんな事は分かっているんだ。 「違う」 ……何がだ、長門。 「貴方は思い違いをしている」 だから、何を俺は間違えてるって言うんだ、長門! 「彼女は貴方を殺そうとなどしていない」 「いやいやいやいや。現実に、お前の救援がなければ俺は壁に叩きつけられちまってたんだ。あの速度は人間なら良くて骨折、打ち所が悪ければマジで死んじまう!」 マジでくたばる二秒前。本物のヤバさとはどういったものなのかを脳髄に叩き込まれるような体験は決して俺の望む所ではない。 「『喜緑絵美里』が貴方の危機に間に合ったのは偶然ではない。あのタイミングは彼女が望んだもの。そもそも」 本当の意味での願望を実現するとは、一体どういうことか。分かっていた。分かっていて、それでもまだまだ俺には理解し切れていなかったらしい。 「彼女が本気で殺害を検討するような人間は、彼女の傍には存在すら出来ない。それは彼女が望まないから。全ては彼女の思い通りになる。全てとは全て。それはつまり私も。そして貴方も」 「そもそもいなかった事になるってか。気分の悪い話だな」 具体的に言うと掌上の孫悟空の気分だぜ。 そういや、ちょっと引っ掛かったんだが。 「今さっき、喜緑さんとか言ったか?」 「……言った」 なんとなく長門を見る。いつも通りだ。そこに何の不審も無い。じっとこちらを見つめ返してくるその姿は見慣れたものだった。 しかし、だ。それでは俺が頭を撫でたのも、そして俺に対して「また図書館に」と言ったのも喜緑さんの擬態であったという事に他ならない。だが、ここで断言しよう。それは無い。あの時、俺を助けてくれたのは確かに長門だった。 根拠なんてものは無い。ただの勘だ。フィーリングって言ってもいいが。 だが、一年数ヶ月のめくるめく不思議体験によって培われた俺の第六感はそう捨てたものでもないはずだ。 そうだよな、長門。 「はあ……願望実現能力が全てを有る程度意のままに出来るってふざけた力なのは、この状況でそれなりに理解出来ましたよ、『喜緑』さん」 俺が嘆息しながらそう言うと、目前の少女の姿が電波状況の悪いテレビ画面みたいに数度ブレた。ブレが収まった時、そこに居たのは俺の推測通りの北高生徒会書記にして宇宙人の彼女である。 長門が喜緑さんで喜緑さんが長門で、でもってやっぱり長門が喜緑さんだった訳だ。物静かな外見に反して人を驚かすような登場しかしないのはギャップ萌えでも狙ってんじゃなかろうか。ああ、そんな宇宙人の戯れは正直心底どうでもいい。好きにしてくれよ、もう。 「どこで気付きました? 長門さんの構成情報は一通りインストールしてあったのですけれど」 天才的な変装でしたよ、ええ。大泥棒が喜緑さんの才能を生かすにはぴったりの職業だろうなんて我ながら下らん事を考えるくらいには。 「喜緑さん自身が言ったじゃないですか。自由は全てを思い通りに出来るんだって」 「言いましたね」 そう。繰り返すが、世界は思いのままな独裁者な少女が自由である。ならば、彼女が長門を邪魔だと考えたのだから宇宙のどこかへ瞬間移動したのは長門で間違いはない。それがあの時の宇宙人が見た目長門の喜緑さんではなかったと判断した材料その一。 「後は勘です」 思わず撫でつけてしまう、あの頭とは違ったなどと口が裂けても言い出せまい。 「勘? 有機生命体特有のファジーな感覚の事ですね。非常に興味深いです」 「いや、そんなに大それたものじゃないですよ。ただ、うちの長門は嘘を吐くような器用さも小狡さも持ち合わせてはいないんで。まあ、それがアイツの良い所でも有ると思っているんですけどね」 言うと、喜緑さんが微笑んだ。デジタル取り込みされた聖母マリアの宗教画みたいなアルカイックスマイルである。 「ふふっ」 「どうしました、喜緑さん?」 「いえ、大した事ではありませんよ」 宇宙人の言う大した事がどれだけの大事を指すのか知っているだけに、俺としては彼女の一挙一動であろうと「はあ、そうですか」と流せない。例え太陽が寿命を迎えようが銀河規模で見れば些事と言い切ってしまわれそうな歩く非常識が彼女達、TFEIである。 あ、長門は除いてな。 「本当に瑣末な事なんですよ」 「聞かせて下さい。それが下らない事かどうかはこっちで判断しますから」 分かりました、と少女は手を後ろに組んで。 「貴方の言った『うちの長門』という文脈の意味を「もういいです結構です」 ……聞かなきゃ良かった。 無意識にとは言えなんてこっ恥ずかしい事を口走っちまっていたんだ、俺は。いや、その、アレですから。深い意味の無い、同じクラブ活動の仲間とかそういう類。 谷口みたいな悪意の有る取り違えは望んでないんで! 「貴方にとってこれは大事では無いと思いますが」 人の忠告は素直に聞く事。いや、相手は宇宙人だけども。 「よく、俺にとっても些事だとか判断できましたね」 うんざりしながら聞いてみる。 「貴方達有機生命体がどのような思考をするのか、私達だって学習しているのが今のでお分かり頂けましたか?」 「学習?」 「情報の共有とプロトコル化です。お忘れですか? 私達は『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス』ですから。その本分を全う出来るように、そしてまた円滑なコミュニケーションと干渉を目的として日々プログラムを更新しています。地球人類との無用な摩擦は情報統合思念体の望む所では有りません」 なるほど。つまり学習、か。 「そして、その構築に最も貢献しているのが長門さんです。恐らく、これは貴方も納得出来る所だと考えます」 宇宙人の中で一番付き合い下手な長門が、宇宙人の中で一番人付き合いを模索している事。それはなんとなく俺も気付いてはいた。が、こうして改めて第三者からその事実を聞かされると色々と感慨深い。 「はい、それはまあ」 「どうか仲良くしてあげて下さいね、これからも」 そう言って宇宙製有機アンドロイドは深々と頭を下げた。その姿は嘘みたいに、まるで長門の中にたまに見つけるものみたいに、人間そっくりで。 「頭を上げて下さい、喜緑さん。そんなのは頼まれなくても今更じゃないですか」 友人の姉ちゃんに言われているような感覚とでも言えば良いのか、そんな喜緑さんになんとなく俺は恐縮しちまっていたのだった。 そんな自分をリセットするように一つ咳払いを入れてみる。頭を上げた喜緑さんは変わらず微笑んでいた。 「そうですね。今更ですね」 「ええ」 と言うか、肝心要のその長門が今まさに宇宙の大海原を漂っている以上、コンタクトの取り様が無い。喜緑さん、長門はちゃんと地球に帰ってこれるんですか? 「大丈夫ですよ。朝倉さんも一緒ですし、帰還における問題らしい問題は今の所観測出来ていませんね」 「はあ。で、具体的にアイツらはいつ頃戻ってきます?」 遅くともクリスマスイブまでには帰ってきて貰わないと、今度はハルヒが癇癪を起こすのは眼に見えている。余計ないざこざを避ける為にも、SOS団クリスマスパーティには出席して欲しいというのは切実なる願いだ。 「少し待って下さい。仮に算定してみます」 喜緑さんはそう言って眼を瞑った。別に彼女に願った所で長門の到着が早くなる訳ではないのだが、それでも少女が今一度口を開くまでの間、神様にも祈るような心地になっちまってたのは否めない。 計算終了を示すように宇宙人がその大きな瞳に俺の姿を映す。そのまま彼女はにっこりと、長門には真似出来ない感じに大きく笑った。 「早ければ明朝にでも」 近いな、宇宙。 そんな、夜行バス程度の感覚で銀河を股に掛けて貰ってはNASAの立つ瀬が無い。本当に冗談みたいな彼女達だった。 「私達が冗談なら『彼女』や涼宮さんは一体どう表現するのか、少し興味が有りますね」 「ああ、それなら」 これは谷口の受け売りなんですが。 「そりゃアイツは涼宮ハルヒだから、でそっちは済ませて仕舞えるきらいが有るんですよ」 なんですかそれ、と。いやまあ、喜緑さんにはちょっと理解に苦しむかも知れませんが。それでもSOS団やその周りではこれで通じてしまうんで。 少女は少し眉をへの字に曲げて。コンピ研部長氏の捜索を依頼してきたあの時みたいな顔をした。 「なら、『彼女』はどうです?」 彼女――自由と名付けたあの少女。どう表現すればいいのか。冗談(ウチュウジン)よりも冗談みたいな、神様(ハルヒ)よりも神様めいた、けれど深い陰を背負った。 「分かりません」 俺にはまるで分からない。 「でも、知りたいとは思います」 分からない事を分からないままにしておいたら、一生分からないままだと涼宮ハルヒは問題集に赤ペン引きながら俺に言った。 分からない事を分かるようになる事が、どれだけ人生を豊かにするのかを佐々木は手製プリントを解説する合間に俺に説いた。 俺は思う。 「アイツは助けを求めているように見えた。勿論、これは俺の見当違いかも知れない。でも俺はもう、そうやって訝しんじまった」 眼を縁取る深い隈は、ソイツが深く悩んでいる何よりの証。世界を変えるほどの苦しんでいるんじゃないかって。 「だったらとりあえず話くらいは聞いてやんないと。殺されかけたのに何言ってんだって感じですけど」 だけど、喜緑さん曰く、俺は実際殺されかけてすらいないのだ。自由のやった事はただの脅し、茶番でしかなかった。 「もしも」 SOS団は世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団の略。 団員その一として俺が取るべき行動なんざ決まってる。決まりきっている。俺達の掲げる横暴なる団長サマが背中から叫ぶんだ。 キョン、不思議を探しに行くわよ! 有希、着いて来なさい! みくるちゃん、何か面白いことない? 古泉くん、アタシは何も起きない日常にはもう飽き飽きしてるのよ! 「もしも、これがハルヒだったら」 前しか見ていない、猪突猛進。俺達の首に縄引っ掛けて、ずるずる引っ張っていくあの馬鹿のせいで。いつしか前向いて走るのが当たり前になっていた。 「そんなのに絶対に怖気付いたりしないでしょう?」 苦笑いでも、強がりでも、喜緑さん向けて笑えたのは……ああ、なんだ。 俺もこの一年半でしっかり成長しちまってんじゃねえか。 「そうなんですか?」 「そうなんですよ、困った事に」 血潮に流れるSOS団主義(ハルヒズム)。ああ、我ながら困ったモンだ、本当に。 「それを聞いて安心しました」 そう言った喜緑さんの姿がジジジと音を立てて歪み、俺の見ている前で彼女は再び長門そっくりの姿へとモーフィングした。 ただし、そっくりなだけで彼女は長門ではないし、最早俺は彼女と長門を取り違える事もないのではあるが。俺の知っている長門はこんな風に表情豊かに微笑んだりは決してしない。そうだろ? だから……だからその顔で、その顔をして笑わないで貰いたいと、なぜだか俺はそんな風に思った。外見長門中身喜緑さんのそのはにかんだ笑顔はなんとなく、俺の心に寂しさのような、罪悪感のようなえも言われぬ感情を植え付ける。 それはあの十二月の残滓か、もしくは残響。どうやら一年経ってもまだ拭い切れてはいないらしい。いつまでも引きずっていてはいけないと頭では分かっているのだがな、あの世界の事は。 「そう言えば」 沈黙していると後悔の波に浚われそうになる俺は、救命浮き輪に捕まるようにふと浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。 「なぜ、長門の姿で俺たちの前に現れたんですか?」 とっさにしては、しかしてもっともな疑問だと自分でも思う。なぜ喜緑さんとして自由の前に出る事を彼女はしなかったのだろうか。その行為の必要性を俺にはどうも見出せない。ドッキリ、なんてものが宇宙人に理解出来るとは思えないしな。 「一番これが効果的だったからです」 効果的? どういうこった。俺の心臓の寿命を縮めるのに、とかって悪趣味なオチしかその言い方からは思い付けないぜ。もしかしなくてもやっぱり喜緑さんは朝倉、九曜に次ぐ第三の宇宙からの刺客だったりすんのかね。 「よく分かりませんが、それは有機体独特の冗談か何かでしょうか?」 「ジョークにしては少しブラック過ぎやしませんか。俺には自虐趣味も有りませんよ。それで、長門に成り変わっていた説明は貰えないんですかね、……ええと、喜緑さん?」 ううむ、どうも長門の姿をされていると喜緑さんと呼ぶのに抵抗が有るんだよなあ。頭では区別出来ているつもりなんだが。ヒトの認識において視覚情報の占める割合って七割くらいだったか? そりゃ仕方が無いかも知れないな。 「いいですよ。と、言いますか私が貴方に個人的にお話したかった事というのはそもそも『それ』ですから」 「そう言えば、話が有るからって古泉と自由を先に行かせたんでしたか。話ってなんです?」 「渡橋さんのことを」 ゴクリと音を立てて無意識に喉仏が一度、上下に動いた。それは……こっちから頼み込んででも聞かせて貰いたい内容だ。ああ、是が非にでも。 「もう少し言葉を足すと彼女の持つ願望実現能力についての話です」 「願望……やっぱり、アイツの持つ力ってのはハルヒと同種のもので間違いないんですか」 俺がそう聞くと、けれど宇宙製有機アンドロイドの少女は眉に皺を寄せて即答を避けた。どうしてだ? 答え難い質問を俺は今、しただろうか? 「それは私には判断出来ません」 「どういう事です?」 「貴方達に多次元空間が認識出来ないのと同じです。より高位のものは正確に測定する事が極めて困難なので」 そう言われて思い出すのは古泉の奴がいつだったか放った言葉だ。ええと確か、長門達がゲストでハルヒがアドミニストレータだとかなんとか。その例えで果たして正しいのかなんてのは俺には分からない訳だが、それにしたって上位下位の関係は喜緑さんの口振りだとそこには頑として存在するらしい。 情報操作能力は願望実現能力よりも制限が多いと考えれば、確かにそれは納得出来ないではない、か。……いや、素人考えだな。大体、俺に正確に理解出来る内容とも思えん。 「ですから涼宮さんと渡橋さんの力が同種かと問われても、統合思念体としては回答が出来かねます。あの二人の持つ力において合致する部分が何万カ所見受けられるとか、もしくはそれを数ではなく割合で伝える事も、これは出来なくは有りません。しかし、0,01がどれだけ大きな差異であるのかも私たちには分からないのです。だからこれは無価値な情報でしょう」 ま、たった一パーセントの違いで生物としてのカテゴリすら変えてしまうらしいしな。遺伝子とゴリラと人間の、ソイツはとても有名な話だ。 だが、この口振りだとハルヒと自由の力にはかなりの共通項が有るらしい。それが分かっただけでも収穫だ。 「……なるほど。貴女たち宇宙人にもハルヒの事はよく分からん、と俺なりにざっくり解釈させて貰いましたが」 ざっくり過ぎただろうか。だが、喜緑さんはそんな俺の言葉にも眉を顰める事無く頷いてみせた。 「ええ。そして分からないからこそ、私たちはこの星に涼宮さんを観測をしに来ている。これは大前提ですね。話を戻しますが、先ほどの彼女、渡橋ヤスミさんには少なからず願望実現能力と呼ばれる類の力が宿っています」 願望実現能力。それは願いを叶える力。夢を現実にする力。そう考えたら別にハルヒや自由に限った話じゃなく、地球人類なら誰しもが多かれ少なからず持っているものの延長線上のような、なんだかそんな気がした。だがまあ、喜緑さんはそんな事を言っているのではないよな。分かってる。こんなのは只の妄言だ。 「その力は貴方もご存じだと考えますが、絶対です」 ああ、なんて胸糞悪い話だ。この件に関しては喜緑さんは全く悪くないのだが、それでも言葉を紡ぐ彼女を見る眼に自然と力が入っていくのを俺は感じていた。 「つまり、彼女の思うがままにこの世界はなってしまう。彼女、渡橋ヤスミさんが望む世界の行く末は、『変化』だそうです。長門さんがそう言っていました」 「長門が!?」 「はい。これは」 喜緑さんが何を言うのか。続きは聞かなくても分かった。当ててみせようか。 「彼女の望みなので絶対です」だろ。 「彼女の望みなので絶対です」 で、次に喜緑さんは残酷に宣言するんだ。「絶対に叶います」ってな具合に。 「絶対に実現します」 となると、後はもう死刑宣告だよな。「世界はもう変化を避けられません」とか言っちまってさ。 「世界はもう変革をさけられません」 何を言っても世界は結局、神様の掌の上。無駄な抵抗。無意味な徒労。人生は諦めが肝心。そんな事は言われなくても知っている。これでもかってぐらい。 さあ、そしたらどうにもならないこの現実に、打ちのめされた俺に向かって「どうしますか?」とかそんな追い討ちを掛けるんだろうぜ、この宇宙人は。 「どうしますか?」 アイツが万能だとか、全能だとか、為す術が無いとか、そんなの。 そんなの俺の知った事か。 「どうとでもしますよ」 ハルヒの同系なら、多分「いつも通り」なんとかなるんじゃないかって。 俺の頭の片隅で経験則がそうがなり散らしてる。 「そうですか。私には彼女はどうにも出来ません。ですが、貴方には出来るのでしょうね、きっと。だから私にあんな事をさせたのでしょう、長門さんは」 長門有希、地球人に一番近しい(と俺が勝手に考えている)宇宙人。俺の最も信頼する少女。 「前置きが長くなりましたね。先ほど、私が長門さんの振りをして渡橋さんの前に出た理由は、彼女に『願望実現能力は絶対ではないのでは無いか?』とその持っている力に疑問を抱いて貰う為です」 「……え? いや、願望実現能力は絶対なんですよね?」 喜緑さんは肯定と共に首を縦に振る。 「はい。彼女が『それ』を当然と考えている限りは」 それ――つまり、「自分の願いが叶う事」を当然だと考えている限りは。逆説、アイツがその力を信じられなくなったら!? ああ、こうして言われるまで気付けなかったなんて、俺はとんだ阿呆だ。 ハルヒに一年半も付き合っておきながら俺は一体何を見てきたって言うのか!! 「糸口、と。長門さんは私との入れ替わり劇をそう表現しました。彼女――渡橋さんの中には疑念が生まれた筈ですよ」 自分の思い通りにならない初めての現実に対して、直面して、確かにあの時の自由は当惑していた。 「それはきっと長門さんの思惑通りに」 「……長門が?」 「ええ」 「本当に? アイツがそこまで考えていたって言うんですか?」 宇宙人が、地球人を――。いや。俺だけはそんな事をアイツに向けて言っちゃいけない。長門は、宇宙人とかアンドロイドだとか、それ以前に長門なんだ。そう分かってんのに。それでも俄かには信じられない。 そんな俺の疑念を、目の前の宇宙人は簡単に吹き散らす。 「ええ。言いましたよね、私。対有機生命体コンタクト用コミュニケートシステムを構築する上で、最も貢献しているTFEIが誰なのか。そして貴方も納得した筈です、あの時は」 有無を言わさぬ微笑みは。どっか責められているような気にさせられるのは。これは一体どこが出所だ? 「そして、その長門さんから貴方宛てのバトンが私のあのお芝居です。彼女から伝言を預かっています。『あなたに託す』と」 言われて思わず笑いが漏れてしまう。一年半振りだな、託されるのは。託したのはなんだ、長門。目的語はあえて省いたんだろ。それは言わなくても分かるはずだし、また取り違えようもないからだ。 SOS団の今後。それとも長門自身の未来。もしくはクリスマスの破滅の回避。どれでもいいさ。どれだって大した変わりは無いのだから。 「受け取って頂けますか?」 宇宙人三人娘は渡橋に疑念を植え付けた。後は俺がそれを確信に変えさえすればいい。それできっと世界は変わらない。願望実現能力が実は絶対では無いと、少女にそう思い込ませるのが俺の仕事。 ハルヒ相手と、それはそう大差無い。俺の――俺達SOS団の十八番だ。 「長門に伝えて下さい」 喜緑さん(紛らわしいが見た目は長門)が眼を瞑った。多分、宇宙空間に電話線でも緊急構築してんだろう。 なあ、聞こえているか、長門。 バトンとやらは確かに受け取ったぞ。 「後は任せろ。以上です」 数秒後、少女は眼を開いた。そして長門そっくりに、ありがとうと一言だけ口にした。その一言で俺には十分だった。宇宙の果てから送られてきた、その一言だけで。
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もしキョンが超能力者だったら。 プロローグを書く前までは超能力者の設定だったキョン。 もしも、彼が超能力者だったら、と言う設定で話が進んでいたら……? 関連サイト http //www25.atwiki.jp/haruhi_vip/ ・注意事項 #1,絵やss等お待ちしております。 #2,掌編小説、短編小説の場合はトリップは不要です が、中編小説や長編小説、それ以上はトリップとアンカーを付けてください。 #3,コテハンは禁止、コテハンは荒れる要因になるからですので御容赦ください。 #4,気に入らないssはスルー。 #5,荒らしは保守とみなしてスルー。 #6,死ネタや百合等、好みが分かれるssは先にジャンルを付けてください。 #7,露骨な性描写は禁止、性関係を暗示する程度まで。
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このページはhttp //rara.jp/cabalss/page11307.htmlからの引用です [トップに戻る][ワード検索][フォトアルバム] [ランキング] [管理用] [▼掲示板始めるならRara] ~ ResForm ~ 記事No.11307に対する返信フォーム 無題 投稿者 / :名無し投稿日 / :2010/05/13(Thu) 23 48No.11307 Part17 本人ブログ http //yukkyruru.blog12.fc2.com/ ~今までの流れ~ ジョクトラの見栄っぱりなブログからSS張られてDT祭りにwそしてスカイプチャットのRMTを暴露してるSSが張られる 顔真っ赤になった ジョクトラ が光臨。SS貼った奴を名指しで書き込みし、スレを埋没させようと必死に関係ないスレあげまくったがあえなく浮上 そしてブログにて、このスレに対する煽り文章書き込み。その後に急に謝罪文を書き込むが、謝罪文に対するレスで 「解散などしませんよ? 証拠もないのにいちゃもんつけないでください。」 と反論www 学校で脳内2次元彼女の写真をクラスの女にみせられて喧嘩したが、負けて指骨折したらしいwwwww 土星隔離で「こいつの彼女ってゲームで出会って写メ交換しただけでリアルであったこともない」と暴露されるw ブログでも 「もう晒しの対応????めんどくさくなってきた」とあるんだけども何が対応したのか日本語がry その後にゲーム内での乞食発言連発のssが張られる。←GJ ジョクトラブログにリアル女キャラをネカフェに誘うなよと文句書かれるが、 それに対して「一緒にCABALしたかったんだw それぐらい許せ!」とコメント。このSSが張られて直後に複数のルル被害者っぽい人からの書き込みありw 写真もらったならうpしろという流れに・・・ そして休止のお知らせが出たが3日後ぐらいに水星戦争に参加目撃が・・・ ついにブログPASS付け。 その後赤文字にて名誉毀損だといいまくってる多分辱トラ(文字の書き方に注目最終SSに添付) KIDの可能性もあるけど、 、の使い方を見ると多分辱トラの可能性が大。 いろいろとNetに関する名誉毀損のURL引っ張ってくるが、全てリアルが特定されてる事が最前提となっている。 その後、Net上のハンドルだけでも名誉毀損が成立出来ると書いてあるURL引っ張ってきているが、 そのアドレスhttp //cabin.jp/miyomiyo/file3.html←こちらには 『リアルが特定されてない状態でのハンドルのみによる名誉毀損の判例が1個ものってない!』 Linkもいろいろあるが、Linkでも名誉毀損が成立してる判例をみるとリアルが特定されてる場合に限定されている。 頑張って調べたKIDジョクトラどんまい^^な流れに・・・ さらに顔写真を晒したのはダークハートという ルルの特定しているssもへんてこりn日記よりssが追加される。ついにPASS付のブログからss転載。その後パス解除し、記事全部削除して当スレを意識した記事ないように変わるw さて今後はどーなる!? SS左 左2列 童貞丸出しのチャットSS 右列 赤枠に注目 SS右 左列上 RMTを自ら暴露してるスカチャss 左列下 さらした奴を名指ししてるss 右列 すれ埋めようと必死に他ログあげてる(時間に注目 Re 無題 名無し - 2010/05/13(Thu) 23 49No.11308 SS左 左 ブログで当スレを煽ってるss 中 謝罪ss 右 証拠ssあるのに証拠もないのにと言い張ってるss SS右 左列上 脳内彼女の写メを晒されて喧嘩したと報告ss 左列下 土星隔離にて実際の状況っぽい暴露 右上 ジョクトラがブログで対応めんどくさくなってきた発言 Re 無題 名無し - 2010/05/13(Thu) 23 49No.11309 SS左 左1列PTチャットでひたすら乞食してるゲーム内ss (土星の皆さんシャイサラのマスターは水星ではこんなんですよw 中列上 当スレにジョクトラが光臨・スレを煽ってくる (SS1枠あまったので入れてみた) 中列下 脳内DT卒業報告SS 右列上 当スレ煽りと彼女の家に言ってたという報告SS 右列中 写メ見せられて喧嘩報告SS 右列下 リアルの知り合いか相当身近な奴っぽい暴露SS (土星隔離より) SS右 上 土星の身内より知り合いをネカフェに誘うなとクレームを書かれる。 それに対し、一緒にCABALを誰かとやってみたかった。許せとコメント 下 当スレにルル被害者と思われる人からの書き込み。 Re 無題 名無し - 2010/05/13(Thu) 23 50No.11310 SS左 赤文字が名誉毀損に該当と盛り上がってるss SS右 上2段目コメ 赤文字レス続き 3段目コメ 現在の最新の判例に伴う抜粋コメ 4段目コメ 目には目的なレス Re 無題 名無し - 2010/05/13(Thu) 23 50No.11311 SS左 へんてこりn日記より追加。 ジョクトラが顔晒しはダークハートと特定してるss SS右 ついにPASS付ブログからの日記転載。 Re 無題 名無し - 2010/05/14(Fri) 13 19No.11324 下げさせんぜ~ホイホイ! Re 無題 名無し - 2010/05/14(Fri) 16 22No.11326 2000万ぱわ~ずのみ ジョクトラの顔なんて見た事も送られた事もないんですが… 無責任な発言やめてください>< Re 無題 名無し - 2010/05/14(Fri) 18 48No.11327 昨日とある2chに向かったところ ってなんだ Re 無題 名無し - 2010/05/14(Fri) 19 17No.11328 ルルは今、S鯖の廃人様方に気に入ってもらおうと必死にペコペコしてます。ksg Re 無題 名無し - 2010/05/15(Sat) 02 28No.11333 さがってんぞage Re 無題 名無し - 2010/05/15(Sat) 21 38No.11338 あれ?こいつテスト勉強だかなんだかで一ヶ月ぐらい休止したんじゃなかったの? Re 無題 名無し - 2010/05/16(Sun) 11 09No.11346 勉強嫌いなんで辞めましたー Re 無題 名無し - 2010/05/17(Mon) 01 32No.11360 DTage Re 無題 名無し - 2010/05/17(Mon) 09 01No.11364 ☆ Re 無題 名無し - 2010/05/18(Tue) 15 35No.11376 また懲りずに煽ってるぞw Re 無題 名無し - 2010/05/18(Tue) 16 23No.11377 最後のキモチワル笑ったww ジョクトラの発言がガキすぎ Re 無題 名無し - 2010/05/18(Tue) 16 42No.11378 名前隠しきれてねぇww Re 無題 名無し - 2010/05/18(Tue) 16 56No.11379 http //livedoor.2.blogimg.jp/meyrin/imgs/0/6/06d2bec2.JPG 見えにくい人用!ジョクトラのキモサがよくわかる Re 無題 名無し - 2010/05/18(Tue) 16 58No.11380 新しいネタきたああああああああああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwさすがわれ等のジョクトラバカ飽きさせないねwwwwwwwwwwwwwwwwwwww何もしなきゃ風化しただろうにwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww頭沸いてんじゃねーのこいつwwwwwwwwwwwwwwwww Re 無題 ジョクトラ - 2010/05/18(Tue) 20 36No.11382 晒されてなんぼがMMOだろ。 皆、もっと楽しんでくれ。 新ネタはまたの機会に。 Re 無題 名無し - 2010/05/19(Wed) 00 18No.11386 専門的な知識を1週間足らずで習得できるような高性能な頭をもつおまえの考えにはついていきませんwwwwwwwwwww 20件以上レスがつけられない設定になっています。
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本編SS目次・時系列順 第一日目 【第一回放送までの本編SS】 【第二回放送までの本編SS】
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登場作品 第1巻『涼宮ハルヒの憂鬱』 第3巻『涼宮ハルヒの退屈』収録の「笹の葉ラプソディ」 第4巻『涼宮ハルヒの消失』 第7巻『涼宮ハルヒの陰謀』 基本情報 初登場は第1巻『憂鬱』。長門有希、朝倉涼子が住んでいるマンションであり、7階建て。 長門は708号室に住んでおり、朝倉は505号室に住んでいた。ハルヒは偶然と思っていたようだが、キョンは「どう考えても偶然じゃない」と思っている。 また、喜緑江美里もこのマンションに住んでいると思われるvideoプラグインエラー 正しいURLを入力してください。 videoプラグインエラー 正しいURLを入力してください。
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「ねぇ、有希。あんたSFとか詳しいじゃない?」 「本はよく読む。」 「でね、あたし思ったんだけど宇宙戦争ってあるじゃない?」 「……」 「あれでバンバンビームやらミサイルやら撃つじゃない?」 「……」 「で、敵に当たったのはいいとして、外れた弾はどこ行くの?」 「……そのまま進んで、進路上の恒星や惑星、小惑星に当たると思う。もしくはブラックホールに落ちる」 「ってことは、外れた弾が地球に当たる可能性もあるわけよね?」 「あqwせdrftgyふじこlp;2w3え4r5t6y7う8い9お0xcvbんm、k!!」 「sxdcfvgbjkl;うぇrちゅいお45678い9!!!!」 「pぉきじゅhygtfr、lmkんjbhvgcf!!!!!!!!!111!!」 「がんばれ長門!!」 「長門さん!喜緑さんが到着されました!!」 「遅くなってごめんなさい!交代します!えdftgyふじこldcvbgんm、l!!!!!!11!」 「み、みず…」 「大丈夫か長門!?ほら、あわてずに飲め。」 「長門さん、ご飯の用意ができました!」 「あー流れ星!きれいねー。もっと降らないかしら?」 「よくよく考えたらちっさいミサイルが大宇宙の中の地球にピンポイントで当たるなんてとんでもない確率よね。」 「まさに天文学的確率。」 「でも撃破された戦艦の破片が漂流して地球に落ちるんじゃない?」 「太陽系の場合、地球に落ちる前に木星と土星、及び太陽に引き寄せられる。」 「でも全部じゃないんでしょ?」 「杞憂。」 「恐竜が絶滅した原因は大きな隕石だったんでしょう?」 「杞憂。」 「ほんとに?」 「wせdrちゅいおlp;!!!!!!!」 「rfttgyふじこlp;!!!!!!!!!!!!!!111!!」 「p;ぉきじゅytrふぇd。;l、km!!!!!」 「長門さん、交替です。rftgyふじこlpl、kmjん!!!!!」 「…水が欲しい。」 「ちょっとは冷静に対応できるようになったか?」 「前ほど慌てることはない。」 「しかし涼宮さんは何に影響されたんでしょうか?」 「ご飯の用意ができましたよ。」 「今日も流れ星が多いわね。なんちゃら流星群が来てんの?」 「動画で見たわ。巨大隕石ってほとんど木星や土星がガードしてるんですってね。有希の言ったとおりね。さすが!」 「太陽系は奇跡の集合体。」 「でも宇宙要塞みたいなのが来たらどうするの?」 「……実際には存在しない。」 「そんなの分かんないじゃない。デススターとか。」 「映画の話。」 「イゼルローンとかガイエスブルグとか。」 「ラノベの話。」 「あんたバチ当たるわよ?ア・バオア・クーとかゼダンの門は?」 「それは同じもの。」 「なんだ、有希も結構イケる口?」 「……」 「「あqwせdrfgtyふじこlp;!!!!!!!!!!!!!!!」」 「「ぉきじゅhygtfrですぃkじゅhytg!!!1!1!!!!」」 「「えdrfgtyl、kmjんhfcdxしう8う7y!!!!11!!!」」 「おい古泉!長門と喜緑さんが同時にやってるのにやばそうじゃないか!なんか俺たちにできることは無いのか?」 「残念ながら。せいぜい給水が絶えないようにするだけです。」 「でも二人とも涙目だぞ。」 「長門さん、呼んでくれてありがとう!」 「げぇっ、朝倉!!」 「失礼よ。」 「朝倉涼子、早く!」 「「「うぇdrftgyふじこl;:sxdcfvgびうjyhtgれd!!!!」」」 「zzzzzz……」 「長門、えらく元気ないじゃないか。」 「涼宮ハルヒが宇宙から地球に迫る危機に興味を抱いてから私たちは苦戦した。」 「そうか、いつもすまない。俺たちはなにもできなくて。」 「いい。それが私たちの使命。」 「もしかして昨日も何かあったのか?」 「昨日は喜緑江美里と地球防衛網を構築した。」 「おおっ!…ん、朝倉は?」 「消した。」 「あっさりだな。」 「月の裏側、ラグランジュポイントL3、土星の輪などに迎撃機能を構築した。」 「おいおい、NASAが見つけたりしないのか?」 「大丈夫。有機生命体の概念では認識も理解もできない。」 「そうか。これで一安心だな。」 「保証する。」 「よう長門。地球防衛システムは順調か?」 「順調。」 「そっか。俺たちの知らない所で大活躍してるんだな。」 「活躍はしていない。」 「?」 「涼宮ハルヒが宇宙から地球に迫る危機というシチュエーションに興味を無くした……」 「そうか……」 「………」 「今日はおごってやる!じゃんじゃん食え!」 うちゅうせんそう 完